ここから本文です

同時代を生きる世代も価値観も好みも違う女性たちの、繊細な揺れのなかでの交流を描く―柴崎 友香『待ち遠しい』平松 洋子による書評

10/17(木) 6:00配信

ALL REVIEWS

◆漠然とした心もとなさを癒やす庭の存在に惹かれる

噛み合わない相手とは接触を避けたり、会話を交わさずやり過ごしたり。とかくストレスの多い昨今、どうにか機嫌よく暮らすためには、他人と関わりすぎないのも自己防衛のうち-そんな風潮が強くなっている気がする、私自身を振り返ってみても。トシのせいもあるのかな。でも、と思う。それを続けていたら、閉じた貝殻みたいになってしまうし、まわりの空気も硬くなってゆくのではないか。

柴崎友香著『待ち遠しい』は、同時代を生きる世代も価値観も好みも違う女性たちの、噛み合わなさそうで、でもナニカが触れ合う、繊細な揺れのなかでの交流を描く長編小説だ。とかく言葉が生まれにくい溝や隔たりのなかから、小説家は掬(すく)い上げるようにして言葉を見いだし、繋げてゆく。

三人の女性たちが登場する。

三十九歳の会社員、春子。ひとり暮らし歴十年、趣味は消しゴムはんこ作り。感情の起伏が苦手で、自分のペースを大切にしながら暮らしている。

六十三歳のゆかり。二年前に夫を亡くし、春子が借りて住んでいる離れの母屋(おもや)に、大家として引っ越してきた。

二十五歳の沙希。ゆかりの甥の妻で、新婚。早く子どもが欲しいと思いつつ、どこか頼りない夫に不安を抱えている。

世代も価値観も趣味も違う三人が、目と鼻の先に住む偶然によって、おずおずと交流が始まる。食事にこないかと盛んに誘う母屋のゆかりに、最初は抵抗を感じていた春子は少しずつ胸襟を開いてゆく。自分を守りながら生きてきた春子は褒められるのも苦手で、とかく「自分なんて」。閉じかけていた三十九歳の殻に、折に触れ、ゆかりがおおらかな空気を通す。しかし、そのゆかり自身が抱えているのは、亡夫への後悔の念や実の娘との絶縁状態だ。ささやかな日常のなか、探り合いながらも、見知らぬ他人同士だったふたりが距離を縮めてゆくさまを、定点カメラの視点が描いてゆく。

若い沙希は、過激なふるまいと物言いでふたりに関わってくる。長年ひとりで暮らす年上の女性は、沙希にとっては不可解な存在だ。「春子さんて実はすごい冷たい人なんちゃう」と言われ、「そう思われるところはあるかも」と応じる春子の言葉は、曖昧だけれど、とても率直だ。

とくに大きな恋愛もしてこなかった春子が、友人に吐露する場面に心動かされた。

「(前略)わたしはどこか欠けてるんかな、人間として足りへんのかな、ってずっと思ってて。このまま、自分は、条件満たしてない存在として生きていかないとあかんのかな」

結婚や仕事をしていても、していなくても、どこか似た思いを抱えながらひとは生きている気がする。おぼろげな不安や欠損を補い合ったり埋めたりするのが、血の通うナマの言葉なのだろう。たとえそれが不器用であっても。

春子が住む離れとゆかりが住む母屋とのあいだに、小さな庭が広がっている。その庭の存在がとてもいい。風穴のような、空気の通り道のような、ときには逃げ道のような装置。ひととひととのあいだには、回路としての庭が無数に用意されていると思うと、胸のつかえが取れる。読後、そんな庭の訪れもまた「待ち遠しい」と思った。

[書き手] 平松 洋子
1980年東京女子大学文理学部社会学科卒業。食文化や文芸を中心に、書籍・新聞・雑誌などで広く執筆活動を行う。 『買えない味』(筑摩書房 第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)。『野蛮な読書』(集英社 第28回講談社エッセイ賞受賞)。主著に『おいしい日常』『おもたせ暦』『夜中にジャムを煮る』『おとなの味』『焼き餃子と名画座』(いずれも新潮文庫)、『韓国むかしの味』(新潮社 とんぼの本)、『彼女の家出』(文化出版局)、『本の花』(本の雑誌社)、『洋子さんの本棚』(小川洋子との共著 集英社)、『サンドウィッチは銀座で』『ステーキは下町で』『小鳥来る日』『ひさしぶりの海苔弁』『あじフライは有楽町で』(いずれも文春文庫)、『食べる私』(文藝春秋)、『日本のすごい味 おいしさは進化する』『日本のすごい味 土地の記憶を食べる』(いずれも新潮社)など。

[書籍情報]『待ち遠しい』
著者:柴崎 友香 / 出版社:毎日新聞出版 / 発売日:2019年06月8日 / ISBN:4620108413

サンデー毎日 2019年10月6日増大号掲載

平松 洋子

最終更新:10/17(木) 6:00
ALL REVIEWS

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo!ニュースからのお知らせ