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CHEMISTRYが、青春時代の恋愛を明かす!「俺、同じ子に2回告白した」

10/17(木) 11:50配信

J-WAVE NEWS

J-WAVEで放送中の番組『SEIKO SOUND STORAGE』。この番組は、ミュージシャンやスポーツ選手など、各界で活躍するゲストがマンスリーで自らの音楽遍歴を語る。10月はCHEMISTRYの堂珍嘉邦と川畑 要が登場。11日(金)のオンエアでは、CHEMISTRYのふたりが出会う前、90年代のファッションや音楽を語った。

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90年代に流行ったファッション

堂珍は広島育ち、川畑は東京育ち。育った環境が違うふたりが、90年代当時のファッションの思い出を語り合った。

堂珍:僕は、ヒップホップとかを聴かなかった。親の影響でザ・ビートルズとかジョン・レノンとか、日本の音楽だったらフォークソングだったわけ。日本ではサニーデイ・サービスみたいな人たちもいて、ジャケット写真を見ると、みんな「パンタロン」を着ていたわけ。
川畑:パンタロンね。あれは流行ったよ。
堂珍:要は、そういう時期があったの?
川畑:ヒッピーみたいな服が流行った。15~16歳、中学3年生の頃に、50'sとかヒッピーとか。そのあとにヒップホップっぽいのがきて、サーフっぽい人もいて、混在してたね。アメカジみたいなのが好きな人もいたし。
堂珍:細分化してくる頃なんだね。俺、夜行バスに乗って友だちと東京へ買い物に行ってた。右も左もよくわからない原宿とかに行って、ベルボトムっぽいデニムとかを買ったもんね。
川畑:ベルボトム、懐かしいな。ピチピチのTシャツを着てね。

90年代に聴いた音楽は...

堂珍は「90年代といえばレディオヘッドやボン・ジョヴィ、いろいろなミュージックの流れがあった」と、当時の音楽を振り返る。

堂珍:手当たり次第に、いろいろと聴いてた。バンドを組んでたときの、ませたベースの奴とかはブライアン・アダムスを聴いてたり、「バンドをやろうぜ」って言ったらグリーン・デイとかミスター・ビッグとか、そういうノリになったり、そういうなかでフレディ・マーキュリーが亡くなっちゃったり、いろいろなきっかけで音楽を聴くようになった。

その中で堂珍が「異色でヘンテコだけど面白い」と感じたオランダ出身のロビー・ヴァレンタイン『No Turning Back』をオンエア。「たぶん、ロビー・ヴァレンタインはクイーンの影響を受けてたと思う。クイーンとクラシックとハードロックみたいな感じ」と解説した。

一方の川畑は、16歳の頃にヒップホップと出会う。最初はファッションから入ったと明かす。

川畑:ブラックミュージックも好きだけど、最初はファッションに刺激を受けて「かっけえな」と思った。そこから、ファッションとともに聴いていたのが2Pac Feat Dr. Dre & Roger Troutman『California Love』。不良感もあり、当時の自分にはピッタリすぎて、常に聴いていた曲です。

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最終更新:10/17(木) 11:50
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