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“戦後最大のフィクサー“イトマン事件で逮捕された許永中氏 幼少期~現在に至るまで【前編】

10/17(木) 14:52配信

MBSニュース

『フィクサー』とは、トラブルを解決する仲介者や調停者を意味し、黒幕とも訳される言葉だ。“戦後最大のフィクサー”と言われるのが「許永中(きょえいちゅう)氏」。30年近く前の「イトマン事件」で、中堅商社イトマンに300億円以上の損害を与えた特別背任罪で逮捕された。現在は韓国に住む許永中氏がMBSの単独インタビューに応えた。「目の前を通ったお金は数兆円」と語る許永中氏。この人物がどのようにして成り立っていったのか、その半生とは。

■許永中氏■
現在72歳で韓国在住。大阪市北区の中津出身。

1986年 大阪国際フェリー(大阪⇔釜山)就航・オーナーに
1991年 イトマン事件で逮捕・起訴(中堅商社イトマンに300億円以上の損害を与えた特別背任罪)
1993年 保釈
1997年 保釈中に失踪し行方不明に(保釈金6億円没収)
1999年 東京で身柄確保
2005年 実刑確定、収監
2012年 韓国での服役を希望・移送

幼少時代の許永中氏

現在は韓国に住む許永中氏。MBSの辻憲太郎解説委員が韓国・ソウルのホテルへ向かった。指定されたホテルで待っていると、そこで許永中氏に会うことができた。

(辻解説委員)「本日はよろしくお願いします。我々が知っている許永中氏はもう少しふっくらされていたイメージがありますが、痩せられましたか?」
(許永中氏) 「痩せましたね。」
(辻解説委員)「体調はいかがですか?」
(許永中氏) 「体調は痩せた分だけ快適ですよ。体が軽くなっていますから。」
(辻解説委員)「今はどのようなことを生業とされているんですか?」
(許永中氏) 「生業…金儲けやね?金儲けはしていない。金を儲けるための仕事はしたくないし。」

現在は韓国に住む許永中氏。その原点は今も下町風情が残る大阪の中津にある。地元・中津の町で出会った同級生に聞いた、許永中氏の印象は…?

「京都大学に行っていた人よりか、ずっと知能指数が上ですわ。(Q成績が良かった?)良かった。弱い者イジメをしているやつを退治していましたわ。正義感がある。(Q小さい頃から親分肌?)ありましたわ。体も大きいしね。」(許永中氏の同級生)

在日2世として生まれた許永中氏の幼少時代は一体どのようなものだったのだろうか。

「(幼少期は)母親がドブ酒を造って、家の玄関とは言えないぐらいの小さな土間で密造酒を売って生計を立てた。あの時代、在日の家はみんな似たりよったりですね。特別貧しくて辛くて…ということはなかった。(Q在日2世として生まれて、当時差別は感じていた?)『くさい』とかあからさまにね、『ニンニクくさい』とか。そこで(相手と)ぶつかってまうねんけど。」(許永中氏)

いわゆる『ごんたくれ』。近所でも有名な悪ガキだったという。彼はやがて粗暴な一面を見せるようになっていく。

「生活費は学生時分は高校の時からですけど『恐喝』やね。相手がケンカを売るように仕向けた場合もあるし、仕向けなくてもケンカを売ってきたのを買う場合もあるし。」(許永中氏)

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最終更新:10/17(木) 19:06
MBSニュース

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