ここから本文です

石田ゆり子、変わらない美の秘密は水泳で鍛えられた「芯」…福山雅治との初共演映画「マチネの終わりに」11・1公開

10/19(土) 14:03配信

スポーツ報知

 女優の石田ゆり子が出演する映画「マチネの終わりに」(西谷弘監督)が11月1日に公開される。芥川賞作家・平野啓一郎さんの同名小説の映画化で、ギタリスト(福山雅治、50)と石田演じるジャーナリストが愛し合いながらも6年間すれ違った純愛ストーリー。「みなさんが思うベタベタな恋愛映画ではなく、精神的なことを含めていろんなモノが詰まった作品」という。福山とは二十数年前にCMで共演したことがあるそうで「この作品でご一緒できてうれしかった」とも。スカウトされて芸能界入りしたが、それまでは水泳漬けの日々で「あの時代が今の自分を作った」と振り返った。

【写真】石田ゆり子と福山雅治の初共演シーン

 物語はフランス語や英語が堪能なジャーナリスト・小峰洋子(石田)が、日系米国人の婚約者(伊勢谷友介)がいながらも葛藤の末にギタリスト・蒔野聡史(福山)の元に駆けつけるが、蒔野のマネジャー(桜井ユキ)のある行為が2人の運命を翻弄―。そこから6年、互いの交錯する思いを描いている。

 「原作を読んだ時からこの物語の大ファンで、ずっと洋子さんの役に憧れていて、できることなら演じたいと思っていました。お話をいただいて『本当に私でいいんですか』と感じましたが、すごくうれしかったですね。大人の男女の恋愛映画ってあんまりないんですよ。しかもこの作品は精神的なつながりが軸で、みなさんの思う恋愛ストーリーとはちょっと違います。こういう映画、物語を今の私の世代の女性たちはみんな見たいと思いますよ」

 ―フランス語、英語のせりふが多いが。

 「せりふですから覚えることはできますが、洋子さんのバックボーンを考えると、覚えるだけでは気持ち悪いんですね。発音やしぐさとか、外国語を使う環境で育った方の動きを知りたくて早い段階からレッスンさせてもらいました。それをしっかりやることが役作りにもつながるというか、英語やフランス語をしゃべることで洋子のキャラを作っています。方言と一緒でしゃべると気持ちも乗るというか、方言に支えられるというのと似ていますね」

 福山とは映画初共演だが、四半世紀前にCMで一緒だったことがあるという。

 「20代の時に一度、家電のCMでご一緒したことがありましたが、それ以降は世代が同じなのに仕事でお会いしたことがなく『こういう形でご一緒することになっていたんだな』って感慨深かったです。実は2人一緒に撮るシーンは少なくて、現場では福山さんはずっとギターの練習をなさっていて、私はフランス語とか英語のレッスン。お互いにやることがあって雑談することもあまりなく、現場で集中する感じでした」

 パリやニューヨークで長期ロケを行ったが、フランスでは考えさせられることも多かったそうだ。

 「パリは16泊もしているんですね、私。撮影は向こうのユニオンの規定で1日8時間ぐらいしかできなくて、必ず夕方には終わるワケです。夜に自由時間があってまた朝始まる。そのルーチンがなんとも気持ちよくて、そこは日本も見習うべきだなと思います。おいしいご飯を食べて、ちゃんと寝られてということが仕事の質も上げるというのを学びました。フランスのかたは人生すべてを楽しみ謳(おう)歌する。その精神に触れたことが自分には大きかったです。NYは一番肝心なところでドカンと雪が降って冷や汗ものでした。パリとはまた違う良さがあって、2つの都市を直に味わえるぜいたくな時間を過ごさせていただきました」

 NYでマネジャーから蒔野の夫人となった早苗(桜井)から6年前の“行為”を打ち明けられるシーンは迫力がある。

 「小説でもそこは一番の肝ですよね。あのシーンで大変だったのはユキちゃんの方だと思います。私は目の前で起こっていることを洋子の気持ちで受け止めたら、どういう顔になるのか。自分をあまり作らず自分を彼女にゆだねようという気持ちしかなかったです。(もし自分が洋子の立場なら?)怒っても時間は戻ってこないし、それより『なんで今言うの』と思うでしょうね。結局、彼女は懺悔(ざんげ)して自分が楽になりたい、許されたい、それで先に進みたいの一心だと思う。懺悔された方は割とつらいですよ。私は何でも正直に言えばいいということではなく、世の中には言わない方がいいこともあると思っていますから」

 芸能界にはスカウトで入ったが、この世界に執着する気持ちはなかったそうだ。

 「15歳の時に自由が丘を歩いていてスカウトされて(芸能活動が)始まりましたが、10年ぐらいは『自分には向いていないし、早くやめなきゃいけないだろう』と思っていました。私の時代ってレッスンもなく、ぶっつけ本番で現場に入ってそこで覚える時代です。いきなりカメラの前に立って芝居ができるワケもなく、けちょんけちょんの思いも随分したし、つらい日々も結構続きましたが、これが不思議と慣れてくる。下手くそなりに覚えてくるんですよ。27歳の時に主演をいただいた『不機嫌な果実』(TBS系)という連ドラが大きかったかな~。当時のテレビ業界は今の5倍ぐらいスケジュールがきつくて不眠不休の3か月。あれを乗り越えた時に、すごく女優業が楽しく思えて一生やっていこうと。そこからですね」

 10代は妹の石田ひかりとともに水泳に打ち込み、ジュニア五輪で8位入賞し将来を嘱望される選手だった。この期間が今の石田ゆり子を作り上げたという。

 「精神を叩き込まれ、肉体も鍛えられた選手時代が私のベースになっていますね。妹と同じ選手コースで『今日休みたいけど、休んだら明日がつらくなるだけだよね』って。そう言っては『じゃあ行こうか』って2人で泣きながら行くんですよ。試合前とかは1万メートルぐらい、少なくとも5000メートルぐらいは毎日泳ぎました。そんな生活が10~17歳までですよ。みんなに期待されているからやめられないような状態でした。スカウトされて『私の人生に水泳以外にもやることがあってよかった』みたいな。だって本当に毎日泳いでいるばっかりで『いつ陸に上がれるんだろう』って本当に思っていましたから。今思うと私の10代、あの時代があったことに感謝します。その時に培った心の強さが私という人間を作ったと思いますし、それがなかったら別の人格だと思います」

 ―今後の目標は。

 「いろんなことを勉強したいですね。今回パリに仕事で行きましたが、語学をどんなに勉強していても全然追いつかなくて、歯がゆい思いをたくさんしたんですよ。まだまだ学ぶことは山ほどあるなって思いました。今、世界中とやりとりができる時代じゃないですか。もっとインターナショナルの感覚を持たないとダメだろうし、広い視野で物事を捉えて、いろんなことに挑戦しないといけないと感じました」

 我が道を行く芯の強さは水泳で鍛えられた賜物(たまもの)なのだろう。“マダム”の挑戦はこれからも続きそうだ。(ペン・国分 敦)

 ◆環境が女性育てる

 欧米と違う日本社会の年齢の捉え方には含むところもあるようだ。

 「日本の社会は女性が年を重ねることを良しとしない感じがするんですよ。フランスではマドモワゼルよりもマダムを尊敬する文化があって、年を重ねている女性を美しいとして受け止め、その文化によって女性も美しくなっていくみたいな、環境が女性を育てると思うんです。年齢は生きてきた時間の長さで、生きてきた誇りを持つべきです。日本の女性たちも若く見えることや若さにしがみつく傾向がありますが、それは今の社会がそうさせているからで、もう変わったらいいと思います。あと日本の芸能界でなくなった方がいいものの一つが年齢表記。本当にやめてほしいですね(笑い)。名前の下に( )で年齢入るじゃないですか、テレビでもなんでも。名前だけでいいんじゃないかな~。そう思っている人多いですよ。お願いします」

 ◆石田 ゆり子(いしだ・ゆりこ)本名・石田百合子。1969年10月3日、東京都生まれ。87年に全日空のキャンペーンガールとしてデビューし、88年にNHK「海の群星」で女優デビュー。同年「悲しい色やねん」で映画にも出演。以降、フジ系「101回目のプロポーズ」などドラマに出演し、93年に日テレ系「彼女の嫌いな彼女」で初主演。97年にはジブリ映画「もののけ姫」のヒロイン・サンとカヤ役の声優を担当。2005年、映画「北の零年」で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。妹は女優の石田ひかり。身長164センチ、血液型A。

最終更新:10/19(土) 20:00
スポーツ報知

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo!ニュースからのお知らせ