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哀愁あるメロディーを轟音で料理するダイナソーJr.のメジャー移籍第一弾『グリーン・マインド』

10/18(金) 18:02配信

OKMusic

1985年にデビューしたダイナソーJr.は、オルタナティブロックの代表的なグループのひとつである。グループの特徴は、切なく寂しげなメロディーを轟音で演奏することである。リーダーのJ・マスキスのメロディーメイカーぶりは際立っており、その部分においては他のオルタナティブロックのグループの追随を許さない。インディーズで3枚のアルバムをリリース後、本作『グリーン・マインド』でメジャーデビュー、インディーズ時代と比べるとすっきりした印象を受けるものの、グループの本質はさほど変わっていないと言えるだろう。本作が彼らの最高作とは言わないが、ダイナソーJr.の音楽およびオルタナティブロックを世界に広く知らしめたという点で注目すべき重要作である。

ポストパンクからオルタナティブへ

70年代中頃に華々しく登場したパンクロックであったが、数年後には巨大レコード会社に取り込まれてしまい、徐々に骨抜きにされていく。70年代末以降のポストパンク時代になって、気骨ある若いアーティストたちは制約のない音楽をミュージシャン主導で発信するために、その頃一気に増えたインディーズレーベルでの地下活動を選択することになった。70年代とは違ってインディーズ盤の制作や流通はグローバルな広がりを見せていたし、それに加えて若者を代表するメディアとしてCMJ(カレッジ・メディア・ジャーナル)の高支持も相まって、80年代中頃には様々なスタイルのロックが全米各地から現れ始めた。それらはメジャーレーベルからリリースされるロックとはまったく違うテイストを持っており、とりあえず“オルタナティブロック”と呼ばれることになる。

ブラック・フラッグ、ソニックユース、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ピクシーズ、ハスカー・ドゥ、デッド・ケネディーズなどが人気を得て、当初は地域密着型(地元でのライヴ、地元近辺のインディーズレーベルと契約)のスタイルで人気を集めていく。CMJがそれらオルタナティブロックのアーティストたちを取り上げると大きな話題となり、レコードは大いに売れた。また、彼らが一般的なビルボードチャートやMTVに登場することはなかったが、グランジ、スラッシュメタルなどインディーズから発信される新しいロックは、あっと言う間に全米レベルで浸透していった。

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最終更新:10/18(金) 18:02
OKMusic

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