ここから本文です

バスクの名将 80年代のバルサドリームチームに疑念「結局クライフだ」

10/19(土) 6:50配信

SPORT.es

バスク代表の監督ハビエル・クレメンテは、YouTubeチャンネル『アイドル』のインタビューで、監督としての彼の広範なスポーツキャリアの新たな詳細を告白した。

「この男は誰だ?」ヴィオラの7番が人気サッカーゲームの不細工過ぎる本人画像に反応


バラカルド出身の同監督は、80年代にアスレティック・ビルバオを指揮した際の、会長ジョゼップ・ルイス・ヌニェスによるFCバルセロナと会長ラモン・メンドーサによるレアル・マドリーとの関係について疑念を明かしている。


「私はドリームチームを作らなかった。ヌニェスは、獲得しようとしている選手やバスク人選手について私に意見を尋ねた。私は彼に彼らが素晴らしい働きをするだろうと言った。 しかし彼が最終的にバルセロナに呼んだのはヨハン・クライフだった」と80年代後半から90年代中頃までクライフが率いたバルサのドリームチームについて語っている。


当時のマドリーでは別のケースが発生していた。
「ラモン・メンドーサのレアル・マドリ―を指導する一歩手前まで来ていたが、アスレティックにいたので行けなかった。ラモンとはとても仲が良いが、後悔していない」とハビエル・クレメンテは告白している。


最後に、ディエゴ・パブロ・シメオネの現在のアトレティコ・マドリーを擁護している。
「“チョロ”(シメオネの愛称)のアトレティコは恐れられている。マドリーファンは彼がこのポジションにいることを気にしているからだ。彼らが6位や7位なら誰も気にならないからだ」

最終更新:10/19(土) 6:50
SPORT.es

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事