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旧酒造施設、国重文に 野々市・喜多家に隣接、追加指定へ

10/19(土) 0:56配信

北國新聞社

 文化審議会(佐藤信会長)は18日、国の重要文化財「喜多家住宅」(野々市市本町3丁目)に隣接する旧酒造施設4棟と土地を重文に追加指定するよう、萩生田光一文部科学相に答申した。明治期の地方の小規模酒造業の原型をよく残していることが評価された。喜多家がある旧北国街道沿いでは同市がにぎわい創出に取り組んでおり、地域活性化に弾みがつくと期待される。

 喜多家は越前の武士で、江戸中期に野々市で油屋を始めたとされ、幕末から酒造業に変わった。1891(明治24)年の野々市の大火で母屋などを焼失したため、江戸末期に建てられた金沢市材木町の醤油屋を母屋として移築し、昭和50年ごろまで営んだ。

 住宅は市街地中心部に位置し、母屋は金沢の町家形式を伝える住宅として、隣の道具蔵とともに1971(昭和46)年に重要文化財の指定を受けた。

 母屋北側に隣接する旧酒造施設は作業場を中心に酒蔵、前蔵、貯蔵庫の4棟を配する。作業場は洗米や蒸米、瓶詰めを行った建物で、中庭からの採光や水路を利用した洗い場など敷地を生かした造りとなっている。

 酒蔵は1870(明治3)年建設で、間口の大きな入口や、材料をかき混ぜる櫂(かい)入れ作業の足場など特徴を残している。前蔵は江戸後期建設の土蔵で、仕込み蔵として利用された。貯蔵庫は腰壁に七宝繋文(しっぽうつなぎもん)の文様が施され、母屋座敷から見た中庭の背景と調和を生み出している。作業場と貯蔵庫は明治24年の大火後の建設で、戦後に増築された麹室と精米所も残る。

 住宅を一般公開している当主の喜多敬次さん(69)は答申を受け「生活拠点は東京なので十分な維持管理は難しいが、できる限り続けていきたい」と話した。

 日本建築史が専門の山崎幹泰金沢工大教授は「金沢町家を移築しただけの価値ではなく、野々市の旧家として喜多家全体の価値が認められた」と評価した。

 近く答申通りに追加指定される見通しで、石川県内の重要文化財(建造物)は45件で変わらない。

北國新聞社

最終更新:10/19(土) 0:56
北國新聞社

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