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Intelのメモリー戦略は成功するか?

10/21(月) 18:31配信

マイナビニュース

最近、Intelのメモリー戦略に関して各所で記事が出ていたので大変に興味深く読んでいた。私の理解が正しいとすれば経緯・状況は次のようなことであると思われる。

【写真】EPROMには紫外線照射でデータを消すためにガラス窓がついていた (著者所蔵イメージ)


IntelはMicronとの協業により3D NANDフラッシュメモリー技術の開発を継続していたが、ここへ来てMicronとの技術的方向性での食い違いが明らかになり、MicronはIntelとの合弁として3D NANDの開発などを行ってきたIM Flashを買い取り、一方のIntelは清華紫光集団と提携し、それぞれの道を歩むこととなった。
この結果IntelとMicronは相互の製造委託の関係を打ち切り、Intelは従来45/32nmの300㎜ファブであったメキシコのRio RanchoにあるFab.11Xをメモリー生産に切り替える。このファブからは2020年にも133/144層の最先端3D NANDメモリーを出荷する予定である。あくまでも自社ファブにこだわるIntelらしいやり方だ。
Intelは3D Xpoint技術であるOptane Memoryを活用することで級数的に増加するデータセンターのメモリー・ストレージ領域で、SSDの前段にストレージ・クラス・メモリー(SCM)を配置し、アクセス度合いが高いアプリなどの読み込みの高速化などを図ろうとしている。
Intelの発表ではこれを「今までのPC中心のビジネスからデータ中心のビジネスへの変換」ととらえ、3D NANDだけではなく、CPU、GPU、FPGA、AIプロセッサーを横断する開発環境を1つのAPIで提供する計画である。


ざっと眺めてもかなり野心的な戦略の構想を打ち出した形だが、私はこれからの趨勢を注意深く見守っていこうと思う。Intelは真の意味で偉大な半導体会社で、Intelが何かをやるといった時は本当にやる気になっている時だ。他の企業にも共通することであるが、GAFAなどの登場ですっかり様相が変わってしまったこの業界では「変わっていく」ということが生存のために非常に重要な要件となっている。Intelは従来のPC中心の戦略を大きく変えようとしている。果たしてうまくいくだろうか?

Intelのメモリー戦略前史

今日ではCPUの王者として半導体業界に君臨するIntelであるが、過去にも幾多のメモリー戦略を打ち出してきた。しかしそれらの戦略は必ずしも成功したとは言えない。Intelの過去のメモリー戦略を振り返ってみよう。

DRAM・EPROMの時代

Intelがかつてはメモリー半導体メーカーであったことを覚えている人はあまりいないだろう。DRAMを最初に製品化したのは実はIntelであった。実際、1980年代の初頭まではIntelはDRAMの世界シェア1位の企業であった。Intelは揮発性のDRAMばかりでなく不揮発性のEPROM(Erasable Programmable Read Only Memory)の大手サプライヤでもあった。私が勤務していたAMDもEPROMの市場では大きなシェアを獲得していた。しかし1985年の半導体不況と日本半導体メーカーの大攻勢にあい、Intelは主力のメモリービジネスから撤退し、当時はまだ市場が形成されていなかったCPUに集中するという思い切った決断をした。この大英断によってIntelはメモリー企業からCPU企業に変身し、パソコン市場をけん引して現在に至っている。皮肉なことにメモリー戦略からの撤退によって現在のIntelの地位は確立されたわけである。米系のDRAMブランドで現在も生き残っているのはMicron社だけである。

NOR Flashの時代

DRAM/EPROMから撤退したIntelであるが、CPUのビジネスはちょうど16ビットの80286が大きなヒットとなって、パソコンCPUの業界標準となっていった。そこで目をつけたのがFlashメモリーの技術である。CPUが性能を上げWindowsが進化すれば当然メモリー容量も級数的に拡大する。HDDをソリッド・ステートの半導体デバイスに置き換える不揮発性メモリーの技術としてFlashメモリーには大きなポテンシャルがあった。Intelはメモリービジネスへの復帰をFlashメモリーで果たそうという戦略に出た。しかしここで読みを誤った。

Intel(AMDも同じであった)が選んだFlashメモリーの構造はNOR型であった。対抗軸にあるNAND型に対しNOR型はアクセスタイムでは優るが、集積度の向上には不利である。結局Flashメモリーの主流はNANDに移り、このトレンドはSamsungという怪物を生んでしまった。こうしてIntelの2度目のメモリー戦略は失敗に終わった。

RDRAMの時代

CPU市場を制覇したInelであったが、第5世代となるPentiumの時代になるとAMDという厄介な競合が現れた。K5の失敗後、瀕死の状態であったAMDはNexGenの買収により得た最新CPUデザインを1年の年月をかけてPentiumソケット互換にしたK6プロセッサーを1997年に発表した。

K6はその性能とコストパフォーマンスでPentiumを脅かす存在になり、その後AMDが投入したK7(Athlon)によってCPUでの技術的優位性は完全にAMDに移りつつあった。Intelは新製品Pentium IIIのメモリー・インタフェースに、当時ゲームコンソールなどに採用されていた高速のRAMBUS方式を採用した。

RAMBUSに資本参加すると業界標準委員会のJEDECにIntelの影響力を最大限に行使し、次期メモリー・インタフェースとしてRAMBUSが提唱するRDRAMが決まった。しかし実際の市場の受けはあまり芳しくなかった。唐突に現れたRDRAMは高価である上にそれに見合う性能が出なかったからである。普及が思うように進まない状態に業を煮やしたIntelは次世代CPUのPentium 4にRDRAMのDIMM(RIMM)を2枚つけて抱き合わせ販売まで行ったが、結局市場の支持は得られずIntelのRDRAMメモリー戦略はとん挫した

急激に変化した環境

今回明らかになったIntelのSCMメモリー戦略について考察してみよう。


最近、AMDの猛追が伝えられるCPU市場であるが、データセンターのサーバーCPU市場でのIntelのポジションは依然として揺るがないものがある。そこへきてAIや5Gの到来とともに必要となる大きなロードに対してCPUとメモリー側のレイテンシーのギャップが非常にクリティカルになることは容易に予想される。そのことを考えると高速で高集積なSSDの実現はハイエンドの要求にはもってこいのソリューションといえる。しかもIntelはXeonとのセット販売ができる優位性もある。Intelが「データ戦略」と言っているのは実は「データセンター戦略」であると言える。
3D NANDのデザインとして133/144層の発表にこぎつけたということには設計チームの自信のほどがうかがえる。しかも自社FabとしてFab.11Xを充てることまで決まっているらしいのでIntelの本気度は間違いない。
ただし、10年前の環境であったら今回のIntelのメモリー戦略は業界に大きなインパクトを与えることが予想されるが、今日の環境はかなり変化している。もはやPCはハードの中心プラットフォームの座をスマートフォンに明け渡している状況で、Intelのスマートフォン市場でのプレゼンスは皆無に等しい。かつてRDRAMを業界標準として無理やり押し込むようなことはもはやできない。普及には他のベンダーの協力も必要になる。Intelはどこまでパートナーを広げられるだろうか?
韓国のNaverを最初のデータセンターでのパートナーとしているらしいがGoogle、Amazon、Facebookなどの巨大プラットフォーマーは自社独自のCPUやAIチップを開発したり、採用しているので、同様に独自の高速メモリー・ソリューションを持っている(あるいは自社開発する)可能性は十分にある。しかもこれらのデザインを製造面でサポートするのは7nmあるいはその先の先端プロセスを擁するTSMCである。


Intelのメモリー戦略はCPUというコアビジネスを補完するものとして位置づけられる。逆に言えばIntelのメモリー戦略の成功はCPU市場でのIntelのさらなる成功如何にかかっているといえよう。

吉川明日論

最終更新:10/21(月) 18:31
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