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『少女・女・母・婆 ~伝えてきたこと、つないできたこと、切れてしまったこと~』美しさ【第14回】

10/21(月) 11:01配信

本がすき。

忘れてしまった、身体の力。脈々と日常を支えてきた、心の知恵。まだ残っているなら、取り戻したい。もう取り戻せないのであれば、それがあったことだけでも知っておきたい……。 日本で、アジアで、アフリカで、ヨーロッパで、ラテンアメリカで。公衆衛生、国際保健を専門とする疫学者・作家が見てきたもの、伝えておきたいこと。

日本の助産師に憧れる、ヨーロッパの若い女性

ジュリアはスイスに住む若い友人である。母親はスペイン人、父親はスイス人。国際協力に携わる両親がカンボジアで仕事をしているときに生まれた。助産婦になりたいという。

いい仕事よね、助産婦。なぜ助産婦になりたいの、と聞いたら、「“玄牝(げんぴん)”を観たから」という。

『玄牝』は2010年に公開された河瀬直美監督の映画である。産科医、吉村正先生を追っている。ここは吉村正氏、と書くべきであるが、お産の分野で、ほんとうに本質を追いかけ、とことんまで女性とお産のあり方を追求し、産科医として唯一無二の存在であった吉村先生のことは、やっぱり、吉村先生、としか呼べない。

吉村先生は2017年に亡くなったのだが、この映画は、世界に発信され続けているのだ。

お産に関する活動やお母さんたちのグループに深く関わってきたから、日本国内では、映画『玄牝』は、一般公開後、さまざまな会で自主上映されているのを知っていた。

しかし、正直言って、ヨーロッパにいる若い女性が観るような映画になっていることは、知らなかったのだ。この映画を観て、ジュリアは助産婦になりたいと思い、日本を訪問したいとも思ってくれているのだ。

ジュリアは言う。お産ってね、こんなふうであり得るのね。ちょっと信じられなかった。わたしが知っているお産と全然ちがう。

看護婦になりたいから、スペインの産院でもインターンさせてもらったの。女性たちはみんな泣き叫んでいて、家族も大騒ぎしていて、大仰なドラマのような現場で、なに、これ? まるでアルモドバルの映画そのものじゃないの、って思った。

賑やかでうるさすぎる。なんかねえ、違うんじゃないかしらこれ、って思った。もっと静かなものだろう、って、直感で思っていたのね、お産って……。

『玄牝』を観て、ああ、これだよなあ、って、日本に行ったこともないのに、なんだかなつかしい気持ちになったのね。それで、看護婦じゃなくて助産婦になりたいと思うようになった。

助産婦になったら、ぜひ、日本にいらっしゃいね、とわたしは言う。吉村先生はもう亡くなってしまったし、メインストリームとしての日本のお産は、「なにかあったときのために」、「世界中そうしているから」(ほんとうじゃないけど)、「日本は遅れているから」(これもほんとうじゃないけど)、すべてのお産は第三次施設で行なうべきである、という、別に科学的根拠も何もない方向に進みつつあるものの、女性の産む力、赤ちゃんの生まれる力をできる限り生かそうとする開業助産所や規模の小さい産院も、健在である。

いくらマイノリティーになろうとも、お産の本質を追求するプロフェッショナルと場所が、日本にはまだ存在する。そういうところでお産をしたい、と思う女性がいなくならないかぎり。

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最終更新:10/21(月) 11:01
本がすき。

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