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《ブラジル》封印されてきたブラジルテイスト発揮 マルシア デビュー30周年で新アルバム

10/22(火) 5:51配信

ニッケイ新聞

 「私たち(日系人)は日本人にはなりきれない。でも、日本人の心を理解する魂は持っている」――2014年11月、サンパウロ州モジ市コクエラ区のふるさと祭りに取材に行った際、たまたま居合わしたマルシアにインタビューした際、そう言われ、けだし明言だと感心した。
 顔を見て、最初はまさかと思ったが、すぐに本人だと分かった。仕事でブラジルに来たついでに、モジに里帰り休暇をとっていた最中だった。突然近づいてきた日系社会の新聞記者に対して、彼女は斜に構えることなく、とても自然体で普通に話をしてくれた。
 今年、日本人入植100周年を迎えたモジ市。祖父は静岡県出身の西家佐登里(にしいえ・さとり)さんで、力行会を通して1930年にアリアンサに入植した。戦中の1943年頃にモジ市に移り住み、柿やポンカンなどの果樹を栽培していた。
 マルシアは1969年2月にそんなモジで生まれ、祖母たかさんが美空ひばりの大ファンだったこともあり、幼いころから歌い始めた。10代の頃にはカラオケ大会にもたくさん出場し、遠くの街まで歌いにいくほど好きになっていた。16歳の時に出場した『TBS歌謡選手権』のブラジル大会では準優勝に終わりに涙を呑んだ。優勝ではなかったので日本に行けるチャンスを逃したからだ。
 でもこの悔しさが、マルシアの負けず嫌いな気性に火をつけ、「絶対に歌で日本に行く」と決心させ、翌年のテレビ東京主催「外国人歌謡大賞」にチャレンジした。そして、この大会ではブラジル代表になることができ、初めて日本に行くチャンスをつかんだ。
 この大会のために来伯し、審査委員長を務めていた有名作曲家の猪俣公章にスカウトされ、17歳で単身訪日し、2年3カ月の内弟子修行を経て、1989年に「ふりむけばヨコハマ」でデビューした。このときの同門で姉弟子にあたるのが演歌歌手の坂本冬美だ。
 その年の年末「第31回日本レコード大賞」では最優秀新人賞を獲得したのに加え、数々の新人賞を受賞した。さらに1990年末の第41回NHK紅白歌合戦へは、同曲のロング・ヒットによって初出場を果たした。輝かしい経歴のスタートだ。

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最終更新:10/22(火) 23:23
ニッケイ新聞

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