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【ヒロ斎藤40周年ヒストリー】(23)「狼群団。脱帽した蝶野正洋のプロデュース力」

10/23(水) 12:06配信

スポーツ報知

◆「ドラディション」10・25後楽園&10・27大阪で40周年記念試合

 プロレスラーのヒロ斎藤(58)がデビュー40周年を迎えた。

 ヒロは、1978年8月26日に新日本プロレスで魁勝司戦でデビュー。85年にはカルガリー・ハリケーンズを結成し全日本プロレスへ参戦。87年には新日本へ復帰。95年からは蝶野正洋が率いる狼群団、nWoジャパン、T2000に加入し黒の総帥をサポートしてきた。2006年に新日本離脱し以後、藤波辰爾(65)が主宰した無我ワールド、現在のドラディションに至るまで藤波と行動を共にしている。

【写真】「引き算のプロレス」と明かしたレジェンド

 ドラディションは、ヒロの40周年を記念し「RAGING OUTLAW TOUR~HIRO SAITO40th ANNIVERSARY」と題し、10月25日後楽園ホール大会と同27日の大阪・南港ATCホールCホール大会で記念興行を行うことを決定。10・25後楽園でヒロは、武藤敬司(56)、天山広吉(48)のかつてのnWoジャパンを再結成し、藤波、獣神サンダー・ライガー、越中詩郎(60)の伝説ユニット「ドラゴンボンバーズ」と対戦。また、狼群団、nWoジャパン、T2000で盟友だった蝶野正洋(55)が「ヒロさんを勝たせるために」特別レフェリーを務める。10・27大阪では、越中、ライガーと組んで藤波、藤原喜明(70)、Xと対戦する。

 「WEB報知」では、このほど、ヒロを独占インタビューし「ヒロ斎藤40周年ストーリー」と題し、名脇役に徹したプロレス人生を連載。デビューから現在に至るまでの様々な秘話に迫ります。第23回目は「狼群団。脱帽した蝶野正洋のプロデュース力」。

◆1995年2月12日、後楽園ホール

 タッグ結成時は崩壊寸前だったヒロと蝶野正洋。亀裂が入った2人を結びつけたのが天山広吉だった。天山は、1990年5月に新日本に入門し91年1月にデビューした。93年3月にヤングライオン杯で優勝し6月に欧州へ海外武者修業に出た。約2年の修業を経て95年1月4日の東京ドーム大会で凱旋帰国。闘魂三銃士の次を担う「本隊」のエースとして期待されていたが2月12日の昼夜興行となった後楽園ホール大会で蝶野と電撃合体を果たし、以後、蝶野、ヒロ、天山のトリオは「狼群団」と名乗ることになる。

 「天山が入ってから自分と蝶野の間も良くなりました。それまでは、いつもピリピリしていたんですけど、天山が入るようになって控室でも蝶野と話すようになりました。多分、天山は、中に入って自分らの雰囲気がよくないって感じていたと思うんです。それを彼が自分でもなく蝶野でもなく、どっちに付くこともなくうまくやってました。なので天山のおかげで蝶野とのタッグもよくなったんです。そういう意味では、自分らを仲良くさせてくれたのが天山で彼が来てからリング上でも“お前、ちゃんとやれ”とか言いたいことを言えるようになりましたし、試合後には食事に行って笑って話せるようになったんです」

 蝶野が天山を引っ張った理由はどこにあったのだろうか。

 「多分、蝶野は楽になりたかったんだと思いますよ。自分とサブゥーでは、やっぱりキツかったと思うんです。それと、スタイルも天山と蝶野では違っていたから、そこがくっついたからよかったんだと思います」

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最終更新:10/23(水) 12:06
スポーツ報知

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