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手のひらに超レア級「猫」 小さな本屋さんのブックカバーは「日本一」

10/23(水) 14:00配信

まいどなニュース

 我が輩は猫である。名前はまだない―。そんな風にしゃべり出しそうな愛らしい「猫」が、京都の小さな本屋さんにいる。お店のオリジナルブックカバーに描かれた猫にも、名前はない。イラストの作者は、「キャベツくん」や「ごろごろにゃーん」などの作品で知られる絵本作家の長新太さん。ここでしか出会えない超レアなキャラクターは、過去に「日本一」に輝いたこともあり、遠方から「猫」目当てに来店する人もいるという。このブックカバーを掛けて小説「我が輩は猫である」を読めば、いつもとは違う「読書の秋」を味わえるかもしれない。

【写真】日本一のブックカバーが手に入る本屋「文祥堂書店」

 その書店は、細い路地を入った場所にある。

 文祥堂書店(京都市中京区姉小路通寺町通東入ル)。店舗部分は6畳ほど。新刊本や雑誌を中心に扱う街の本屋さんである。

 「最近はお客が1日に2、3人来ればいい方」。ご主人の藤野隆一さん(86)は笑う。「うちが元気な頃の象徴ですね」。レジの後ろの棚に額装して飾っている「猫」を見上げる。

 文祥堂書店は、藤野さんの父である先代が戦前の1932(昭和7)年に創業した。ちなみに、先々代は、高瀬川沿いで炭を商っていたという。書店は創業間もなくしてから、京都有数の繁華街である河原町通三条下ルに移転。少し前までは、その場所で営業を続けていた。

■児童文学作家の一言で
 書店の常連客の一人に、児童文学作家の今江祥智さんがいた。2015年に83歳で亡くなった今江さんは京都市内に住んでいた。文祥堂書店の品ぞろえが気に入っていたという。

 40年ほど前、今江さんが長さん(05年死去)を伴って、ふらっと店を訪れた。当時、店で飼っていた雄の猫がいた。「名前はなかったと思います」と藤野さん。たまたま店頭のいすの上でうずくまっていたその猫を見た今江さんが、長さんに店で使うブックカバーの絵を描くように勧めたという。それまで、店では文庫を出している東京の出版社から送られてくるブックカバーを使っていた。「冗談だと思っていた」

 ところが、3日もたたず、東京から数千枚のブックカバーが印刷された状態で送られてきた。「うちで飼っていたのは黒っぽい猫で、どことなく似ています」。それが、今も使われているカバーだ。だから、文祥堂書店は04年ごろ、今の場所に移ったが、カバーには「京都河原町三条」と書かれている。

 この「猫」は、日本一の称号を持っている。

 03年だから、まだ河原町に店があった頃。全国のブックカバー収集家たちでつくる「書皮友好協会」の会員たちが京都に集まっていた。「書皮」とは中国語でブックカバーを意味するという。会員たちは結成の1984年から毎年1泊2日で集まり、全国のブックカバーから大賞を選んでいた。その記念すべき20回目が京都で開かれ、会員14人が「知られざるブックカバー」を求めて河原町通沿いの書店を巡回したところ、この「猫」を捕まえた。

 「歩き疲れたところで、紙いっぱいに描かれた猫のかわいらしい絵を見て、みんな顔色を変えて本を買い、掛けてもらったカバーに満足げだった」。会員の一人は当時の興奮を語る。

 しかし、翌年の移転で店舗面積は3分の1に縮小し、文庫本の棚は一つに。「今は文庫が売れることはほとんどないから、カバーもまだ結構残っている」と藤野さんは言う。それでも、日本一の栄光に輝いた「猫」のおかげで、近年も雑誌で何度か紹介され、ブックカバーを求めて訪れるお客さんもいるという。

 「この前は千葉県から大学生の男の子が来て。本好きな母親に頼まれて京都旅行のついでに寄ったって。だから、お母さんとその子に1枚ずつあげたんです。その後、千葉が台風でえらいことになって、あの子が元気でいるか心配ですわ」

 米寿が近づいた藤野さんは今も毎日休まず店に立つ。「店ではほとんど売れませんけど、京大や市役所、理容室など書籍や雑誌の配達でもってます。京都は一度付き合いができたら長い。息子と一緒に、まだまだ続けますわ」。創業87年。全国で街の本屋さんは次々と消えているが、ここには、お客さんを引き寄せる「招き猫」がいる。

(まいどなニュース/京都新聞・樺山 聡)

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最終更新:10/23(水) 15:10
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