「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は07年11月4日付のものです。
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佐賀県武雄市街地を一望する御船山のふもと、武雄川のそばに建つ小さな家を久しぶりに訪ねた。伝説的な報道写真家・一ノ瀬泰造の母、信子さん(85)は足がやや不自由な様子だったが、気丈な人らしく声はしっかりしていた。「お久しぶりですね」と向けてくれた笑顔も昔のまま。手には、見せて頂きたいとお願いしていた泰造のカメラがあった。カンボジア内戦を取材したニコンである。
武雄支局に勤務していた二〇〇〇年、信子さんと初めて会った。戦場に消えた泰造の業績を世に出すために心を砕き、奔走する信子さんは、写真部勤務が長い私にとってぜひとも取材したい人だった。
戦争も戦場も今の日本人には「遠い世界」。なのに、無性に泰造の写真が見たくなることがある。そして災禍に見舞われた国で撮られた写真なのに、なぜか心が温かくなる写真がある。泰造は戦場に何を求め、そこで何を見つけたのか? 久しぶりに信子さんを訪ねたのは、その理由を探ってみたかったからかもしれない。出発点として、泰造のカメラに触れたかった。ニコンはズッシリと重かった。 本文:2,557文字 写真:1枚
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佐賀県武雄市街地を一望する御船山のふもと、武雄川のそばに建つ小さな家を久しぶりに訪ねた。伝説的な報道写真家・一ノ瀬泰造の母、信子さん(85)は足がやや不自由な様子だったが、気丈な人らしく声はしっかりしていた。「お久しぶりですね」と向けてくれた笑顔も昔のまま。手には、見せて頂きたいとお願いしていた泰造のカメラがあった。カンボジア内戦を取材したニコンである。
武雄支局に勤務していた二〇〇〇年、信子さんと初めて会った。戦場に消えた泰造の業績を世に出すために心を砕き、奔走する信子さんは、写真部勤務が長い私にとってぜひとも取材したい人だった。
戦争も戦場も今の日本人には「遠い世界」。なのに、無性に泰造の写真が見たくなることがある。そして災禍に見舞われた国で撮られた写真なのに、なぜか心が温かくなる写真がある。泰造は戦場に何を求め、そこで何を見つけたのか? 久しぶりに信子さんを訪ねたのは、その理由を探ってみたかったからかもしれない。出発点として、泰造のカメラに触れたかった。ニコンはズッシリと重かった。 本文:2,557文字 写真:1枚
西日本新聞
最終更新:2019/10/30(水) 12:00
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