ここから本文です

アルゼンチンに左派大統領、連立政権は短命の見方も

10/31(木) 13:51配信

ニュースソクラ

【経済着眼】IMFとの交渉なるか、世界の債務危機国のテスト例に

 アルゼンチンでは10月27日に大統領選挙が行われ、予想通り、ペロン党の系譜のフェルナンデス元首相(キルチネル元大統領の夫人で、今回副大統領候補としてランニングメイトとなった前大統領のフェルナンデス女史とは別人)がマクリ現大統領に圧勝した。

 マクリ氏も敗北を認めてフェルナンデス候補への祝意を示した。開票率95%の段階でフェルナンデス候補が48%と中道右派のマクリ現大統領の40.5%を上回った。同国大統領選では得票率が45%を下回ると、決選投票となるが、これも回避することができた。

 ただ、フェルナンデス候補のリードは8%と前回の予備選で16%、最近までの世論調査でも20%程度と大差であったのに比べると、マクリ候補が追い上げた形となった。それだけ、フェルナンデス候補とペロン党への不安が大きいということだ。

 アルゼンチン経済はインフレ率が55%とハイパーインフレに陥り、景気は深刻な景気後退に見舞われ、通貨ペソも年初来37%も急落して1ドル=59.99ペソ(10月25日現在)となった。こうした下で、資本逃避は年初来120億ドルと高水準に達した。アルゼンチン居住者によるペソから外貨への交換が高水準となっている。

 1,000億ドルを越える巨額の対外債務の返済も危ぶまれており、建国以来9回目のデフォルトが目前となっている。これが20世紀初頭までヨーロッパをしのぐ繁栄を見せていたアルゼンチンの姿とは思えない。

 マクリ大統領はアルゼンチン有数の富裕な不動産王一族に生まれた経済人でトランプ米大統領とも旧知の仲である。フェルナンデス前大統領の国家による過剰介入により経済が悪化し続ける中で4年前に大統領に就任した。経済通で市場重視の政策が相俟って経済運営への信頼度も高いものであった。しかしながら、大幅な利下げでペソが暴落して資本流出を招き、国際通貨基金(IMF)の救済融資を仰がざるを得なくなり、急速に支持を失った。

 8月に行われた大統領予備選でフェルナンデス候補がマクリ大統領に大勝してアルゼンチンに対する市場の信頼は急速に細っていった。ペロン党の復権は1950年代のジュアン・ペロン将軍より始まった同党の国家による大規模な市場介入、直近におけるキルチネル元大統領、その夫人であるフェルナンデス元大統領と続いたキルチネル・ファミリーの経済失政を想起させたからである。

 フェルナンデス元首相は選挙戦を通じて国際的なメディアとのインタビューを避けてきた。選挙戦略上、具体性に欠けるあいまいな経済政策の公約に突っ込まれたくなかったからである。すなわち、(1)緊縮政策を回避しつつ、IMF、民間投資家との債務交渉を再開すること、(2)インフレの抑制を図る一方で、国内消費の拡大により成長を取り戻すこと、といった矛盾に満ちた公約を叫んできたからだ。

 新政権のもっとも重大な問題は対外債務の再編に不可欠なIMFの570億ドルに及ぶ史上最大規模の救済融資を再開させることだ。IMFの融資なくしてフェルナンデス新大統領が対外債務のリスケを図ることは不可能である。その際、国庫資金が枯渇する前に素早く債務交渉をまとめあげることである。

 民間の債権者は寛大な条件を示されない限り、政府との交渉妥結には至らないのも自明である。しかし、一方でIMFは最大規模の融資を維持するためには民間債権者にかなりの損失負担をさせない限り、「公的資金を民間債権者の保護に充てた」と各国議会からの厳しい批判に耐えられない。

 従ってIMFはフェルナンデス新政権に対する圧力を強めることになろう。一方でフェルナンデス氏は選挙戦中から「マクリ大統領とIMFが経済危機を招いた」と激しく攻撃してきたので、直ちに妥協するわけにもいかない。

 第二には難しい政治的な取引をどう決着させるかである。フェルナンデス大統領と副大統領候補となったフェルナンデス女史との関係にどう折り合いを付けるかだ。フェルナンデス新大統領はキルチネル大統領の下で首相を2003年から2007年まで務めてきた。その時には現実的で政策を目指す政治家との評価であった。

 フェルナンデス前大統領の時代になっても首相の座にとどまったが、農産物に対する輸出課税の導入で大統領と袂(たもと)を分かち辞任するに至った。二人の関係は元々うまくいっていないのだ。

 その後、フェルナンデス氏は政治の表舞台に登場することはなく、弁護士、政治コンサルタントや大学で教鞭を取る生活を続けてきて、今年5月に大統領選立候補を宣言した。フェルナンデス元大統領が副大統領候補としてランニングメイトとして選挙戦を戦うこととなったのは、民衆が経済失政と政治腐敗で相変わらず同女史に対する反感を募らせてきた中で、巧妙に政治的パワーを取り戻すことにある。

 もっとも、フェルナンデス女史の政権入りの狙いは何といっても政権内にいることで9件に及ぶ汚職嫌疑の手が及ばないようにすることなので、政策には興味を示さないのではないか、との楽観的な見方もある。

 第三には、連立相手との政策調整をうまくやることであるが、これも難しそうである。フェルナンデス新大統領の連立相手は急進的な社会運動家から正統派のエコノミストまで広く広がる共通の土台のない党派である。したがって、連立政権の短命を予測する向きも少なくない。

 とくに多くの識者が懸念するのはマクシモ・フェルナンデス(フェルナンデス女史の息子)が率いるラ・カンポとの連立がうまくいくかどうかである。また歴代政権と同じく、労働組合との協調もインフレ抑制の鍵を握る賃金圧縮を妨げて政権に刺さる棘(とげ)となろう。

 マクリ大統領は、変動相場制を導入したうえ、財政再建を掲げて世界の投資家から一時期は高く評価された。2017年6月には満期100年のドル建て国債を27.5億ドル発行して7%台の表面利率となった。FRBやECBなど世界の中央銀行による金融超緩和で投資家にとっては格好の投資物件に映ったのであろう。

 しかし、100年債の流通価格は今や40台に沈んでいる。アルゼンチン金融危機を救ったのはラガルド前専務理事の決断による570億ドルという未曽有の規模のIMF救済融資である。決定当初から投資家救済のモラルハザードになる、との懸念が聞かれたものの、米国がアルゼンチンの反米化を恐れてプッシュしたと憶測されている。

 アルゼンチンの金融危機の根源は、もちろん当事者のアルゼンチンのインフレ高進、為替下落を招いた不適切な経済政策にある。しかし、先進国の中央銀行によるマイナス金利、量的緩和といったルーズな金融政策や危機の回避最優先で規律を欠いた国際機関の融資姿勢がこれを助長した面も大きい。

 フェルナンデス新大統領がこれから打ち出す政策は、アルゼンチンのみならず、同様の事情で債務累増を招いたトルコ、ブラジル、インドネシアなどの債務危機を回避できるかどうかの試金石となろう。

俵 一郎(国際金融専門家)

最終更新:10/31(木) 13:51
ニュースソクラ

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事