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脱サラ後、米国で教師に 沖縄出身の50歳が全米最優秀教師になるまで

10/31(木) 5:10配信

沖縄タイムス

 豊見城市出身の安座間喜治さん(50)が、米カリフォルニア州サリナス市で中高校の教員教育に携わり、全米外国語教師最優秀賞(2011年)を受賞するなど活躍している。かつては東京都内のサラリーマンだったが24歳に旅行で渡米。その後、現地の公立小中高校で20年以上教壇に立ち、日本語や英語を教えてきた。「人は誰でも世界に貢献するギフト(天賦の才能)がある。いろいろなことを試して自分に響くものを早く見つけ、究めてほしい」と若者らにエールを送った。(社会部・徐潮)

 安座間さんは昭和音楽大卒業後、都内の家具会社に就職したが、2年間働いて仕事が自分に向いていないと気付き、辞職した。「周りの期待に沿い、合わせようと頑張るのが精いっぱいだった。自分の心の声が聞きにくかった」

 退職後に「日常会話もできなかった英語で」カリフォルニア州へ3カ月間旅行。「周りの目をあまり気にしない米国で、自分のことを見つめる時間ができた。帰国後もまた来たいと思った」と振り返る。

 今度は学生ビザを取り再渡米。短大で英語を学びながら、現地の小学校で音楽や日本語を教えるアルバイトを始めた。教えているうちに、生徒の好奇心を引き出すように指導することに熱中したという。

 だがつらいこともあった。教員免許がなく、正規職員として働けなかった。限界を感じ辞めようとした時に小学校の校長に引き留められた。「教員に向いていると思われたのか、大学に入って教員免許を取りなさいとアドバイスされた」

 カリフォルニア州立大学に入り、1年猛勉強し小中学校の教員免許を取得。中学校の正規職員として雇ってもらった。その後も教育学の修士課程に進学し、免許を取りながら高校で19年間、日本語を教えた。

 外国語を機械的に学ぶべきではなく、言葉を通してその国の文化や大切にしているもの、乗り越えようとしている社会問題などを知ることが重要だと指摘。「そこに自分とつながるところがある。相手を通して自分の声を探す。新たな自分に出会えることが外国語を学ぶ意義であり、グローバリゼーションである」。安座間さんは自分なりに外国語を学ぶ意味を見つけ、教育現場で実践してきた。

 どの生徒も得意分野があるとし「自分に正直に生きることが社会と自分への義務。失敗を恐れずさまざまな経験から自分のギフト(才能)に早く気付いてほしい」と呼び掛けた。

 米国で暮らす時間が日本よりも長くなったが、どこに行っても「自分は沖縄人と名乗る」。これから大好きな沖縄の教育現場とコラボレーションしたいと意気込んでいる。

最終更新:10/31(木) 5:10
沖縄タイムス

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