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ノーベル医学賞受賞 細胞の「低酸素応答」とは?

11/1(金) 15:10配信

ニュースソクラ

【医学者の眼】酸素の過不足、身体が調整する仕組みで新薬開発に

 今年も日本人研究者がノーベル賞を受賞しましたが、内容はリチウム・イオン電池の開発で化学分野でした。最近は生理学・医学分野が多かったので今回も期待していたのですが、こちらは米英3名の研究者による「細胞の低酸素応答の仕組みの解明」が受賞しました。

 リチウム電池の方は我が国のジャーナリズムなどで随分取り上げられています。低酸素応答の方はあまり注目されていませんが、日常生活や病気との関係も深いので、ここで簡単に触れてみたいと思います。

 生物にとって酸素が重要なことはよく知られていますが、それが体の中でどのような仕組みで調節されているのかは最近まで良く分かっていませんでした。 

 呼吸などで体の中に取り込まれた酸素は、赤血球によって体の隅々まで運ばれ、そこで臓器に酸素を渡します。各臓器の細胞は、受け取った酸素を使って、ミトコンドリアという小さな細胞内器官の中で食物などからエネルギーを取り出します。

 この調節がうまく行かないと酸素不足になったり、逆に酸素過剰でも色々問題が生じてしまいます。

 既に、酸素が不足した場合は動脈のそばにある頸動脈小体という小器官等が感知して酸素不足情報を脳に伝え、呼吸を増やすことは分かっていました。

 これは迅速な酸素供給調節の仕組みですが、他にもっと基本的な調節の仕組みとして、エリスロポエチン(EPO)というホルモンによる赤血球造血調整の仕組みがあることも分かっていました。

 空気中の酸素含有量が低い高地生活への順応がEPOの増加によっていることは分かっていましたが、EPOが酸素によってどのように調整されているかは、長らく謎でした。

 今回の受賞者たちはこれまで腎臓にしか存在しないとされていたEPOを作る仕組み(遺伝子)が体のすべての細胞に存在し、その近くの別の遺伝子によって作られるたんぱく質がこの働きを調整していることを解明しました。

 それは低酸素誘導因子(Hypoxia Induced Factor , HIF-1α及びARNT)と呼ばれるもので、これらがEPO遺伝子にくっついたときにEPOが生産され、赤血球の造血が加速されるという仕組みです。

 しかし、正常の酸素供給があるときはHIF-1αは細胞の中で水酸化され、さらに(がんを多発する患者から見つかった)VHLという分子がついた上で分解されてしまい、EPOの製造に繋がりません。

 一方、低酸素状態の場合はHIF-1αはそのまま細胞核の中に入り、ARNTという分子と組になってEPOを作らせることになります。つまり、HIF1-αが分解されてしまうかどうかが低酸素に対する造血反応を調節しているというわけです。

 この仕組みは体全体の酸素不足だけでなく、局所の微小循環における血管新生や糖利用などを通じて代謝、運動、胎児発達、免疫応答などの他、貧血、がん、脳卒中、感染症、創傷治癒、心筋梗塞などの病態にも関係すると考えられています。

 そして、そのメカニズムは新たな治療薬の開発などにも利用される可能性があり、すでに腎臓病で透析による貧血などの治療において、外部からのEPO製剤を注射で補充する治療に代えて、HIFの分解を抑えて体内で効率的にEPOを作らせる内服製剤が開発され、我が国でも今年9月に薬事承認されました。これは、外部からのEPO製剤補充による効果が得にくくなった場合などにも有効性があるものと期待されています。

 今後は、がんなどその他の分野でも新たな治療薬の開発が期待されています。

 近年の医学・生理学は、生物の細胞の中の仕組みを分子レベルで次々に解明していますが、これをマシナリー(machinery 機械装置)と呼ぶようになってきており、今回のものは酸素感受性機構(oxigen-sensing machinery)ということになります。

 私など古い医学教育を受けたものには若干違和感がある言葉ですが、生物はアナログでアバウトなものと考えておられた方は、この際認識を新たにされてはいかがでしょうか。

■中島 正治(医師、元厚労省局長)
1951年生。76年東大医学部卒。外科診療、医用工学研究を経て、86年厚生省入省。医政局医事課長、大臣官房審議官(医政局、保険局)、健康局長で06年退官。同年、社会保険診療報酬支払基金理事、12年3月まで同特別医療顧問。診療、研究ばかりか行政の経験がある医師はめずらしい。

最終更新:11/1(金) 15:10
ニュースソクラ

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