「どうせ観客が集まらないと思って、集客とか、いろいろ諦めてないですか」
アンプティサッカーの試合を一緒に観戦していた「もの申す応援団長」の言葉が私に突き刺さった。細く長く取材を続ける中で、マンネリや思考停止に陥っていたかもしれない。
【動画】アンプティサッカー、鋭い切り返しから鮮やかなシュート
脚の切断障害者が「クラッチ」という医療用の松葉づえを使ってプレーし、腕の切断障害者がゴールキーパー(GK)を務める障害者スポーツ。競技の10年の変化を振り返る前回の記事で、アンプティの日本代表がどうすればワールドカップ(W杯)で優勝できるのかを関係者に尋ねた。一つの答えが「大観衆の中での試合経験」だった。
2011年に始まった国内大会。11月2、3日には川崎市で9回目の「日本選手権」が開かれる。着実に観客は増加傾向にあるが、満員のスタンドにはまだ遠い。今はまだマイナースポーツであっても「できることがあるはず」と力説する応援団長に話を聞いた。(三重野諭)
東京都在住の浦和レッズサポーター、井上秀法さん(35)。おそらく日本で初めて、アンプティサッカーの選手個人の横断幕を作ったサポーターだ。
競技に関わるきっかけは、高校の部活のチームメート。井上さんをサッカー部に誘ったのが、アンプティのW杯2大会連続で日本代表に入った平賀智行選手(34)だった。当初は平賀選手の所属する関東のクラブ「FCアウボラーダ」の応援が主だったが、競技全体への熱に火が付いたのは昨年のメキシコW杯前。エンヒッキ・松茂良・ジアス選手(30)との会食だった。ヒッキ選手はアンプティの元ブラジル代表。2008年に来日後、競技を日本に広めた立役者だ。
井上:ヒッキは日本に来て「なんでアンプティサッカーがないんだ」と、自分で道を切り開いていった開拓者。「日本代表としてW杯で優勝したい」という熱い思いをじかに聞いて、年下なのにかっこいいじゃん、こいつの夢を一緒にかなえたいって心底思うようになった。
平賀の横断幕を作った際に、ヒッキがうらやましがっていたことも知っていたので、メキシコW杯の前に5万円かけて彼の分も作った。同時に「ヒッキが優勝したいなら、俺はサポーターの立場で何とかするわ。この横断幕を持ってメキシコまで行くわ」と伝えた。ヒッキの夢を平賀が一番近くで手伝っている。俺はその後ろを支えるサポーターになりたい。
最初は応援団長なんてなるつもりはなかった。メキシコに行ったら、日本を応援しているのは俺と6歳の息子の2人だけ。スペイン語を少し話せるので「とにかく日本を応援してくれ」って、現地の人たちを巻き込むことから始めた。小さい渦がだんだん大きくなって、最終的に50人ぐらいが日本の応援をしてくれた。
予選リーグで仲良くなった彼らに、「次の試合は友達を全員連れてきて」って言ったら、決勝トーナメントの初戦がまさかのメキシコ戦。3000人対2人。自分の声も、選手同士の声も通らない完全アウェーで、試合にも応援にも負けた。意気消沈していたら、「おまえが黙ってんじゃねえ」とばかりにメキシコ人が日本コールをしてくれた。
W杯から帰国して、燃え尽き症候群みたいになっていたんですけど、メキシコから発信していた俺のツイッターを見てくれていた人たちが「(直後の)日本選手権では選手たちに何かしないんですか」って声をかけてくれた。期待に応えたいと思って、帰ってきた代表選手にスタンドからみんなでニッポンコールをしようと呼び掛け、多くの仲間に協力してもらい実現しました。
--サッカーの盛り上げ方を参考にしている
井上:サッカー経験もあるし、ずっと浦和のサポーターをやってきたから、声の出し方とか横断幕がどういうものか、基礎的なことは分かっているつもり。俺は彼らを「アスリート」として見ている。アンプティを一つの競技スポーツとして見ている。選手のみんなに上のレベルまで行ってほしいって願う立場。だからこそ、(代表や大会を運営する)日本アンプティサッカー協会には「こうあってほしい」ともの申すスタンスは絶対に崩したくない。
最終更新:2019/11/1(金) 12:06
西日本新聞


















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