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キングソフト 代表取締役社長兼CEO 馮 達

11/1(金) 14:00配信

BCN

 若くして社長を務める馮さんだが、今後の人生について尋ねると、「小説家になりたい」という意外な言葉が返ってきた。これは単なる願望ではなく、最近はショートストーリーを毎日書いて、WeChat(微信)のモーメンツで発表しているという。そのストーリーの元となるのが、毎晩見る夢なのだそうだ。夢の内容を覚えているだけでなく、その夢が現実化することがしばしばあるとのこと。びっくりである。情報過多の時代では「マイクロ小説」がトレンドになり、小説家 馮さんの誕生も現実化しそうだ。(本紙主幹・奥田喜久男)



●社長の独断ではなく組織として前進することが大切
奥田 2016年に社長に就任され、今年40歳を迎えました。区切りの年ですね。

馮 はい、子どもに手がかからなくなり、会社を大きくすることに専念できるようになりました。ただ、会社を大きくするには信念が必要です。なぜかというと、「会社を大きくしたら、本当にみんなが幸せになるのだろうか」と時折思うことがあるからです。株主にとっていいのか、社員にとっていいのか、自分にとっていいのか、と。

奥田 今の時点での答えは?

馮 今の時点では、大きくする方向しかないと思っています。

奥田 三者がともに幸せになるためには、会社を大きくするべきだ、と。

馮 そうですね。でも、会社経営では自分の思い通りにならないことがたくさんあります。一人で主観的に変えていくのではなく、人を動かして組織として前に進むことが必要です。そこには多くの課題があるのですが、一つ一つ問題を解決していかなければなりません。

奥田 会社を組織として動かす必要性を理解するまでには時間がかかったと思いますが、キングソフトの13年間、馮さんのキャリアはどんなプロセスをたどってきたのでしょうか。

馮 創業翌年の06年に入社したのですが、メンバーは私を含めてたった4人のベンチャー企業です。最初の3年間は会社を黒字にすることばかり考えていましたね。09年には黒字化できたのですが、この時期、仕事に夢中になり、自分にとって仕事は生きがいであると考えるようになりました。10年から15年にかけては、マネジメントの仕事、組織づくりを任されました。この時期は会社の組織を整備し、事業を一つ一つ立ち上げて、さまざまな経験をしました。取締役になったのが15年で、社長就任がその翌年ですね。

奥田 そのときの経営陣は何人いたのですか。

馮 私と翁永飆さん(『千人回峰』2013年2月19日掲載)の2人です。会長に就任した翁さんとは1年間かけて引き継ぎをしました。代表権を持ったのは17年3月です。

奥田 まさにトップに立ったわけですね。ということは株式保有も?

馮 入社した頃からストックオプションが付与されていて、ベンチャー企業でも頑張れば夢をつかめるんだと最初から思っていました。

奥田 ストックオプションということは、お金に対する夢もあったと。

馮 正直言って、多少はありますね。でも、お金にはそれほどこだわっていませんでした。仕事にやりがいを感じることも、私にとっての大きな価値です。

●次の一手は優れた中国製品の日本での展開
奥田 キングソフトの事業内容と今後の構想について、お話ししていただけますか。

馮 創業時はセキュリティソフトとオフィスソフトがメインで、その後、スマホアプリをたくさんリリースしてきました。3年前にはエンターテインメント事業を立ち上げて、今は次のステップを考えているところです。

奥田 次のステップは、どんな形になりますか。

馮 まだ確定ではありませんが、中国のAI分野の製品やその他のハードウェアを日本で販売しようと思っています。

奥田 具体的なイメージは。

馮 候補はいくつかあります。でも、ハードウェアはソフトウェアと異なり、在庫リスクなど、あらかじめ確定できない部分があり、慎重に進めようと考えています。

 具体的には、中国製のコンシューマー向けの電子製品、災害時などに使うポータブルバッテリー、キャンプ用品、ロボットなど、日本市場でも可能性の見込めるものをピックアップしています。中国メーカーとパートナーシップを結んで、日本で展開したいと考えていますが、まだパートナーを探している段階ですね。

奥田 そうした中国製品を日本に持ってくる、と。

馮 そうですね。自社で開発するよりは、すでにできている製品を持ってきたほうがいい場合もあります。ただし、非常に将来性が見込める製品であれば、自社で投資して開発するというのも、一つの考え方としてあるでしょう。

奥田 馮さんは10年後、何をやっているでしょうか。50歳になったときには?

馮 仕事面では、経営が順調であれば、今の100人規模ではなく1000人規模、2000人規模の会社に拡大し、そのトップになれればいいと思います。もし、それがかなわない場合は、何らかの形で、私の経験や強みを生かし社会貢献をしたり、私の仕事によって周りの人をハッピーにできるようにしたいと思いますね。また、仕事の段取りに区切りがつき、余裕ができれば大学院に行くなどして、もっと勉強したいです。

奥田 やっぱり、勉強が好きなんだ。

馮 世の中の流れについていくため、充電したいという気持ちがあるのです。

奥田 10年後も、ビジネスの舞台は日本ですか。

馮 今の想定では日本ですね。改めて中国でゼロから始めるのは、ちょっと現実的ではないと思います。

奥田 10年先の日本は成長しているでしょうか。横ばいあるいは衰退ですか。

馮 成長します。これまでと変わらず、アジアでトップクラスの位置を維持できると思いますね。

奥田 その根拠は?

馮 本音で言うと勘ですね。でも、根拠はいろいろとあります。例えば、今、海外の優秀な人材をどんどん迎え入れているところなので、そこの部分でうまく調和できれば国力はもっと上がると思います。相対的に考えると、ほかの国よりも安定的な成長ができるでしょう。日本には素晴らしいところがたくさんありますから。
 

こぼれ話

 人には“息づかい”がある。馮達さんのそれは速い。メトロノームの少し速いカチカチ音を思い浮かべてほしい。対談は毎回、そのリズムに合わせてスタートする。まずはぎこちない導入部を経て、やがてテーマも話題も流れも噛み合い始める。このやり取りを繰り返すうちに、馮さんの経営者としての像が浮かび上がってくる。具体的な目標設定、社員とのコミュニケーション、そして向かうべき方向を指し示す。馮さんは社長に求められるこの基本的要素を生まれながらに備えておられるようだ。

 上海の名門高校から名門大学へ、寮生8名との共同生活。それぞれが決めた人生の指針。今も連絡を取り合いながらその多くが世界のステージで活躍している。馮さんはかつての寮生一人一人の現況を語ってくれた。その話しぶりから「仲間たちを誇りに思う」気持ちが伝わってくる。彼女は日本へ。そして、一位を目指して全身全霊で努力する。勉強、勉強、勉強。「勉強しかしません。部活はありません」。全寮制という中国の教育環境もあるが、馮さんは勉強が心底好きなのだと思う。どうでもいいことかもしれないが、私にはとても真似できない。

 喜怒哀楽はあらゆる人につきまとう。馮さんは身の回りで起こる、いいこと悪いことのすべてを自分が生きる糧とする技術を身につけている。何歳の頃にどのような経験をして得たのだろうか。若くして日本人と結婚する。夫の家に入って生活し、義父・義母から日本の慣習や文化を学んだ。「その時のすべてが今、役に立っています」と笑顔で話す。聞いている私のほうの息が詰まってしまう。なぜシングルマザーの道を選んだのだろうか。今回は聞き逃したことがとても多い。改めて別の機会に聞いてみよう。
 
心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
 
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

 

<1000分の第245回(下)>

  ※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。

最終更新:11/14(木) 16:27
BCN

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