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日産が新車で反転攻勢へ 成否のカギはラグビー日本代表にあり

11/4(月) 7:00配信

産経新聞

 新車発売の遅れが指摘されてきた日産自動車が令和2年以降、新車攻勢で反撃に打って出る。

【写真でみる】「フォーミュラE」に参戦する日産のEVレーシングカー

 前会長であるカルロス・ゴーン被告の会社法違反(特別背任)などの事件で社内が混乱したこともあり、販売不振にもあえいだ。しかし、今後の新車投入は、電動化・自動化を軸に「他社があえてやらないことに取り組んでいる」と、自信たっぷりだ。あっと驚くような革新的な車を世に送り出し、かつての“栄光”を取り戻せるか-。

 ■脱「じり貧」

 「(日産車の)モデル年齢(投入してからの期間)は平均4・7年だったが、今後2年以内に2・5~3年に若返らせる」

 「令和4年度までに電気自動車(EV)を8種類発売し、(EVや独自のハイブリッド技術『eパワー』搭載車などを含む)電動車を世界で年間100万台売る」

 10月下旬、神奈川県厚木市にある日産の新車開発の拠点「テクニカルセンター」。商品戦略を担うイヴァン・エスピノーサ常務執行役員は、国内外から集まった多くの報道陣にこう宣言した。

 日産では過去4~5年、ゴーン被告が掲げた高い販売ノルマを達成しようと、値引き販売が常態化していた。特に米国市場では、安売りの原資となる小売店向けの「販売奨励金」が積み上がって、採算が悪化するという悪循環に陥っていた。

 西川(さいかわ)広人前社長も「販売政策にばかりお金を使い、新車開発がおろそかになっていた」と認める。ゴーン被告の事件も重なってブランド力が低下し、令和元年上半期(1~6月)の世界販売台数はトヨタ自動車などに及ばず、前年同期の首位から陥落。販売はじり貧状態に陥った。

 日産はゴーン被告の拡大路線と決別するため、全従業員の約1割に当たる1万2500人の削減と不採算商品の打ち切りで全体の車種数を4年間で10%削減する。このため、販売店や市場からは「売れる新車」を求める声が強まっていた。

 ■スマホと連携、生体認証、手放し運転…

 こうした中、テクニカルセンターで開かれた将来の商品計画の説明会。

 まず、エスピノーサ氏は電動化について通信機能を備えた「コネクテッドカー(つながる車)」の技術で利用者のスマートフォンと連携し、好みを分析した上で行き先を提案する機能を検討していると明らかにした。

 さらに、体温を感知するセンサーや車内カメラを使った生体認証で利用者の体調や感情を把握。空調の温度を最適化したり、気分に合った音楽を自動で流したりすることが可能になるという。

 自動化では、9月に発売した高級スポーツセダン「スカイライン」のように、多くの車で高速道路の同一車線内の手放し運転が可能になれば、「リラックスした時間が過ごせるようになる」と強調した。

 一方、ブランド戦略担当のルー・ドゥ・ブリース専務執行役員は「テクノロジー(技術)とインテリジェント(知能)で、利用者が自信を持って安心・安全に運転できる車を目指す」と抱負を語った。

 デザイン担当のアルフォンソ・アルバイサ専務執行役員は、クールでシャープな「粋」▽変化の美を表す「移ろい」▽普通ならざるものを受け入れる「傾く」-といった日本語を重視していることを明らかにした。

 エスピノーサ氏は、新車発売の遅れについて「平成23年の(東日本大震災や円高、沖縄県・尖閣諸島の国有化をめぐる中国の不買運動などの)危機と、電動化への取り組みに注力していたため」と説明した。報道陣からは、「ゴーン被告の事件に伴う経営陣の交代も遅れにつながったのか」という質問も。これに対し、エスピノーサ氏は「答えはノーだ。電動化への取り組みは前もってプログラム(計画)されていた」と力説した。

 ■ラグビーのような「多文化共生」を

 新車開発の中核を担う彼ら3人は共に外国出身だが、功成り名を遂げた後にライバル社から引き抜かれたり、企業連合を組む仏自動車大手ルノーから送り込まれたりしたわけではない。大学卒業や経営学修士(MBA)取得と同時に日産の欧米現地法人に入社したり、若い頃に他社から転職したりして日産の門をくぐった。

 しかし、日産が、海外の現地法人で採用された多くの優秀な人材を本社部門に登用し始めたのは2000年代に入ってからという。ある幹部は「ゴーンさんの考えだ」と打ち明ける。毀誉褒貶(きよほうへん)の激しいゴーン被告も、優秀な外国人材の登用という面では評価されている。

 3人は、説明会で「日産の心は強い」「『フェアレディZ』のDNAをずっと受け継いでいる」「日産(の源流となった快進社)は明治44年(1911)年創立の日本初の自動車メーカー」などと愛社精神を打ち明けていた。

 ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で、日本代表チームは31人中15人の外国出身選手がベスト8入りを支えた。日本人選手を含む「多文化共生」を可能にしたのは、日本代表としての誇りをチーム一丸となってはぐくんだ成果だった。

 多文化共生は、日産においても復活の鍵を握っている。(経済本部 藤原章裕)

最終更新:11/4(月) 7:00
産経新聞

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