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同調圧力の強い社会で、人は「ぼっち」になりたがる 『ひとり空間の都市論』南後由和さんに聞く

11/7(木) 13:10配信

DANRO

「都市でひとりでいるのは正常なこと」。そう語るのは、明治大学情報コミュニケーション学部准教授の南後由和さん。2018年に出版した著書『ひとり空間の都市論』(ちくま新書)で、カプセルホテルやひとりカラオケなどの空間を社会学や建築学の観点から分析しています。さまざまな「ひとり空間」の考察をしてきた南後さんに、その特徴や海外との違いなどについて聞きました。(篠原諄也)

【画像】『ひとり空間の都市論』南後由和さん

授業のときでさえ「ぼっち」を意識する学生たち

ーーひとり専用の空間に注目したのはなぜでしょう?

南後:いくつかの理由が重なって、『ひとり空間の都市論』を書くことになりました。ひとつは大学で今の学生を見ていて、キャンパス内でひとりでいることに対し、恥ずかしさや後ろめたさを感じる学生が増えたという印象を持ったからです。

例えば「ぼっち」という言葉が学生の間で揶揄的に使われるようになりました。20年ほど前に僕が学生だった頃は、ひとりで授業を受けることに抵抗感などありませんでした。でも今の学生は、友達とではなく、ひとりで授業を受けていると、「この授業、ぼっち」とSNSでつぶやいたりします。本当に嫌で耐えられないというよりは、自虐的な言葉として使われているんです。

ーーなぜそのように変わったのでしょう?

南後:背景には、メディア環境の変化があると思います。スマートフォンやSNSの普及によって、「常時接続社会」になりました。学生たちは、常に友達同士による緩やかな相互監視の状態におかれています。「レスがないと落ち着かない」「友達がいない人だと思われるのが恥ずかしい」など、常に誰かと繋がっていないと不安だという強迫観念が接続指向をもたらしています。

ただ一方で、それだけ接続指向が強くなるとストレスにもなって、相互監視の状態から逃れたいという願望、つまり切断指向も生まれます。「ひとりの時間」が貴重になり、その「ひとりの時間」が確保された空間が求められるようになるわけです。

ーーすぐに繋がれる時代だからこそ、ひとりになりたいんですね。

南後:最近は学食にも、ひとり向けの席があるんですよ。席の真ん中がパーティションで区切られています。大東文化大学が初期の事例で、今は明治大学にもあります。大学の食堂は、部活やサークルなどのグループが席を占拠することがあるため、ひとりの学生でも居心地がいいように配慮され、空間のレイアウトも変わりました。

ーーそうした学生向けの施設に限らず、日本ではひとり専用の空間が多いと指摘していますね。

南後:日本の都市を見渡すと、ひとり専用の空間が非常に多いんです。ワンルームマンション、カプセルホテル、漫画喫茶、半個室型のラーメン店、最近だとひとりカラオケ店やひとり焼肉店など。世界の主要都市と比べると、「ひとり空間」の種類が圧倒的に多いのが面白いなと思っていました。

社会の変化によって、空間がどう変わるか。あるいは、空間の変化によって、社会がどう変わるか。これまで社会学の立場から、そのような社会と空間の相互作用に関心を持って、都市や建築について研究してきました。「ひとり空間」も、そのような社会と空間の相互作用が、直接的かつ具体的に現れている現象だなと思ったんです。

また、僕自身15年以上東京でひとり暮らしをしていて、自分にとって身近なテーマだったことも、「ひとり空間」についての本を書こうと思った、もうひとつの動機でした。

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最終更新:11/7(木) 14:44
DANRO

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