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森喜朗の千里眼~常に批判の矢面に立つスポーツ界のドン

11/7(木) 17:31配信

VICTORY

ラグビーのワールドカップ日本大会が大盛況のうちに終わった。そんな大会のさなか、反響を呼んだSNSの投稿があった。森喜朗元首相が5年前に「新国立のこけら落としにラグビーワールドカップを外したことを後悔するだろう」「ラグビーワールドカップ開催に文句を言ってる人達の99・9%は見たことない素人。チケットが余ることなんかない」などと発言していたとするものだった。森氏といえば日本ラグビー協会元会長でW杯を日本に招致した立役者。現在では2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の会長も務める。建設計画が一度白紙に戻った新国立競技場問題の際など、とかくこわもてのイメージが強いが、盛り上がったW杯を踏まえてこれらの発言を見れば、先見の明の持ち主とも考えられる。今回のラグビーW杯は社会現象となり、日本中に大きなインパクトを与えた。

画期的な招致

ラグビーW杯(以下、W杯)を日本で開催すること自体が画期的なことだった。ラグビーは北半球のイングランドやフランス、南半球のニュージーランドやオーストラリアなど一部の伝統国・地域が強さを誇り、W杯も1987年の第1回大会以降、当該エリアで実施されてきた。そこに日本が果敢に挑んだ。2011年大会の招致に立候補したのだ。森氏は招致委員会の会長として陣頭指揮を取り「ラグビーがグローバルなスポーツになるために、アジアでの開催は大きな意味がある」と訴えた。しかし2005年11月の開催地決定でニュージーランドの前に屈した。

自身も学生時代に競技に打ち込み、早稲田大ラグビー部に籍を置いていたこともあった。楕円形のボールへの愛情は折り紙付きだ。一度の失敗にもあきらめず、再度招致に動き出すと世界各国に働き掛けた。そして2009年7月、世界三大スポーツの一つに数えられるビッグイベントの10年後の日本開催を見事に勝ち取った。

2015年に湧き起こった新国立競技場の問題では、森氏に悪役の印象がつきまとった。当初、W杯のメイン会場を想定していたが、建設費用の増大が明らかになって計画の見直し論が出てきた。その際、W杯を新国立競技場でやりたいがために森氏が見直しを拒んでいると批判が上がった。結局、同年7月に安倍晋三首相が建設計画を一度白紙に戻す決断を下したことによって完成時期がずれ込むことになり、新国立でのW杯開催の可能性は消えた。冒頭で紹介した投稿の「新国立のこけら落としに…」はこの件に絡んでのものだ。

アジア初開催となったW杯はふたを開けてみれば、予想を上回るほど多大な注目を集めた。日本がロシアに勝った開幕戦では、東京・味の素スタジアムに4万5千人以上が来場。南アフリカがイングランドを破った決勝では、横浜・日産スタジアムに7万103人の大観衆が集まった。同会場で2002年に行われたサッカーのW杯日韓大会決勝は6万9029人で、それを上回った。もし新国立競技場というシンボリックな建物で開幕戦や決勝を実施していたら、エポックメーキングな一場面として、今とは違う彩りも添えられて後世に語り継がれることになったかもしれない。

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最終更新:11/7(木) 17:31
VICTORY

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