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安ければ→開発に影響、高ければ→医療費増大…新薬の適正価格とは?

11/7(木) 12:12配信

読売新聞オンライン

 遺伝子を体に入れて病気を治療する、国産初の遺伝子治療薬が9月、発売された。薬の公的な値段(薬価)が8月下旬、厚生労働相の諮問機関で約60万円と決まると、薬を開発した企業の株価は大きく下がった。薬価が「安すぎる」と市場が受け止めたとみられる。安価であれば医療費の膨張を抑えられるが、企業は新しい治療薬を開発する意欲を失いかねない。革新的な治療薬をどう値付けするかという課題を浮き彫りにした。 (米山粛彦、竹井陽平)

 「あの注射がなかったら、もっと早く左脚を切断することになっていたと思う」。承認前の遺伝子治療薬の臨床研究に参加した東日本の男性(85)は振り返る。

 男性は約20年前、左の足首から先の血流が悪くなり、冷えに苦しむようになった。痛みも激しくなり、焼けた鉄串を押しつけられているようで、ガーゼで触ることもできない。各地の病院をはしごしたが、治療法が見つからない。

 偶然見た新聞記事で遺伝子治療薬の臨床研究の計画を知った。動脈硬化などで脚の血管が詰まり潰瘍を起こす病気に対し、遺伝子を注射で体内に入れ、細胞が生み出すたんぱく質の働きで、血管を作るという方法だった。すぐに計画を進める森下竜一・大阪大教授に連絡を取った。

 2001年、臨床研究に参加。注射を打つと、青白く冷えていた左足の甲がほんのり赤みを帯びて温かくなり、喜びで涙が出そうになった。その後、好きなゴルフに打ち込んだり、1人で入浴を楽しんだりした。

 徐々に病は進み、今春、左脚の膝から下を切断し、現在は車いす生活を送る。それでも男性は「治療のおかげで病気の進行を随分遅らせることができた。自分の脚で歩く貴重な日々を与えてくれた」と語る。

国産初の遺伝子治療薬…「期待よりも安い」値付けで失望広がり、株価急落

 医療用の製品は通常、治験(臨床試験)のデータをもとに国から製造販売の承認を得た後、公的医療保険の適用対象とされ、値段が決まる。男性が使った注射の「コラテジェン」は今年3月、承認された。

 8月28日、厚労相の諮問機関・中央社会保険医療協議会(中医協)で保険適用が決まったが、約60万円という値段を巡り、波乱が起きた。決定前後の数日間で、製品を開発したベンチャー企業「アンジェス」(大阪府)の株価が4割ほど下落した。「期待よりも安い」(証券アナリスト)と市場に失望が広がった。ピーク時で患者992人が使い、売上高は年間12億円との予測に、十分な利益を出せるのか疑問符が付いた形だ。

 コラテジェンは、国産初の遺伝子治療薬という革新的な製品だが、治験が小規模だったため、5年間の条件付きという「仮免許」で承認され、画期的な点や有用性が評価されず、値段を底上げしてもらう対象にならなかった。

 また、遺伝子を体内に直接入れる製品だが、細胞を体に入れて治療する再生医療用の製品と同じ枠組みで承認を受けた。脊髄損傷を治療するための「ステミラック」(約1496万円)など細胞を使う製品は、細胞を培養して製品にするまでに多大な手間がかかる。コラテジェンは大腸菌を利用し、細胞ほどの手間はかからず製造コストが低いため、値段も抑えられたとみられる。

 利益を確保できず、開発コストを回収できないと、次の製品が開発できなくなる。好業績を見込めず、株価の低迷が続けば、企業に投資家のお金も集まりづらい。バイオベンチャー関係者は「画期的な製品は、開発した企業が利益を確実に得られる仕組みが必要だ。そうでなければ、リスクの高い製品開発に誰も挑戦しようとしなくなる」と語る。

 条件付き承認を受けた製品は今後、効果に関するデータが集まった段階で改めて承認の審査を受けることになる。高い治療効果があると判明した際の対応を中医協は検討している。

 五十嵐中(あたる)・横浜市立大准教授(薬剤経済学)は「新しい治療薬を早く患者に届けるためには、仮免許の形で承認するのは一つの方法だろう。画期性や有用性を確認できるデータが十分にそろった段階で再評価し、価格を引き上げる仕組みがあればよい」と話す。

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最終更新:11/7(木) 17:07
読売新聞オンライン

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