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“大分愛”岩田智輝 東京五輪目標も「恩返しが先」クラブと目指す新しいDF像とは?

2019/11/7(木) 12:10配信

REAL SPORTS

はじまりはJ3だったーー。高校3年時に2種登録選手としてトップチームに帯同し、愛するクラブが凋落する姿を見た。「もう一度、強かったときの大分トリニータを復活させたい」と心に決めた。各カテゴリーで苦楽を経験し、昇りつめたJ1の舞台、そして1年後に迎える東京五輪。クラブとともに飛躍した岩田智輝にとって、クラブの可能性は、自身の可能性と同義でもある。


(本記事は、9月5日に『REAL SPORTS』で掲載された記事に一部、加筆・修正を行って掲載しています)

J3のレガシーが岩田智輝

チームの飛躍とともに岩田智輝も着実に歩を進めた。大分の下部組織からトップチームに昇格し、J3から各カテゴリーを経験。今季は初めてのJ1の舞台で主力としてプレーする。6月にはコパ・アメリカに出場した日本代表メンバーに選出され、2試合に先発出場した。

22歳の生え抜きについて、西山哲平強化部長はJ3を経験したチームの“レガシー”と語る。

「トモキについてはクラブとして戦略的に適切な場を用意した。高校3年で2種登録して、チームに帯同させ、天皇杯に出場させた。プロ入り後はJ3ということもあり、現場サイドに我慢強く起用して育ててもらった。アカデミーとトップがつながった好例で、育成を掲げるクラブを象徴する選手となっている」

クラブは補強に頼らず、生え抜きの若い選手で土台を固めていく「育成型のクラブづくり」に力を入れるようになって約15年。地域に合わせた育成システムやスカウト網を発達させ、育成組織を充実させた。「将来性のある選手を獲得して終わりではなく、ウチはその後も現場で鍛え上げ、原石を磨く過程までをセットとしている」と西山部長。その結果、次第にユース年代で好素材を抱えられるようになり、トップで活躍できる選手も輩出できるようになった。

これまで北京五輪に西川周作(現・浦和レッズ)、ロンドン五輪に清武弘嗣(現・セレッソ大阪)、東慶悟(現・FC東京)と続いた。しかし、リオデジャネイロ五輪で大分アカデミー出身者の連続出場が途絶えたときから、自国開催となる東京五輪代表に選手を送り出すことをミッションの一つとした。

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最終更新:2019/11/7(木) 12:10
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