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収益倍増、観客数3倍、J2昇格! FC琉球を快進撃に導いた社長はなぜ2年で交代したのか?

11/7(木) 18:07配信

REAL SPORTS

2019年9月、2018シーズンにホーム無敗でJ3優勝を飾り、J2昇格を果たしたFC琉球にJ1クラブライセンスが発行された。沖縄初のJ1チームに着実に近づいているFC琉球は同時に、思い切ったクラブ経営体制の変更を行った。クラブ躍進の立役者である倉林啓士郎氏が社長から会長へ、31歳(当時)の三上昴氏が代表取締役社長に就任したのだ。結果を出し続けている今、なぜ社長交代なのか? 倉林、三上両氏に話を聞いた。

救世主・倉林社長就任からの変革 そして今年さらなる変化が

2016年の年末、創設14年目を迎えたFC琉球は大きな転換期を迎えた。2013年に準加盟、翌年にはJリーグに入会したものの、J3中位が定位置となり、1シーズン戦えば1億円赤字と、運営面でも閉塞感のあったクラブの救世主が、SFIDAのブランドで知られる株式会社イミオ代表取締役社長の倉林啓士郎氏だった。

前年までは、クラブのオフィシャルサプライヤーの社長という立場だった倉林氏がFC琉球代表取締役社長に就任し、経営の矢面に立ってからは、2017シーズンにクラブ最高位となるJ3・6位。18シーズンにはホーム無敗でのJ3優勝を果たすなど、圧倒的な結果を残す一方、スポンサー倍増、1年で赤字を半減させるなどJ1昇格を目指す一地方クラブ以上の存在感を示し続けている。

「他の54クラブいろいろなクラブを見てきましたけど、規模でも小さい方なので、自分のリソースを50%しか割けない中でやっていく限りは、当たり前にJ2、J1にいるクラブになっていくには、もう全然足りない」

史上最速ともいわれるスピードでJ1を目指すFC琉球が、新体制を発表したのは今年4月。

「J1ライセンス取得そしてJ1昇格の目標に向けてさらなる経営力強化を図るため」として、6月1日付での倉林代表取締役社長が取締役会長就任、当時31歳だった三上昴取締役が代表取締役社長に昇格、廣崎圭取締役が代表取締役副社長兼スポーツダイレクターに就任し、2人代表制を敷いたのだ。(「崎」は正式にはたつさき)

「フロントの新体制の構想は2018年の夏くらい、J2昇格の可能性が見えてきたタイミングですでに具体的に考えていました。実は3年目は新しい社長を探すというのはずっと念頭にあったんです」

サッカー界に新風を送り込み、スポーツビジネスの新たな可能性としても注目され始めていた矢先に、わずか2年で社長を退く。驚きを持って迎えられた人事はその実、ここまで結果を残した倉林会長ならではの経営哲学に沿った戦略的な決断だった。

ここからは、自らも東京都リーグ1部に所属するサッカークラブ、南葛SCのGMを務める岩本義弘『REAL SPORTS』編集長のインタビューを中心にお届けする。

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最終更新:11/11(月) 10:46
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