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量子コンピューター、社会主義を生き返らせるか?

11/8(金) 12:09配信

ニュースソクラ

【けいざい温故知新】超監視国家などディストピアのリスクも

 あすでベルリンの壁が崩壊してからちょうど30周年だ。1989年11月9日夜、東ベルリン市民らが壁を乗り越え西になだれ込んだ。

 「ベルリンの壁」崩壊が象徴するソ連・東欧型社会主義の瓦解は「計画経済が市場経済に劣ったから」と解されている。だが、「量子コンピューター」の登場は、その“常識”を覆すかもしれない。

 壁崩壊の前後に旧ソ連を訪れた。87年秋にモスクワ、レニングラード(現サンクトペテルブルク)など4都市を回ったが、ゴルバチョフ政権のペレストロイカ(改革)の下で、店頭に並ぶ商品の種類、質、量の乏しさに唖然とした。商品の売り出しが、いつどこであるかもしれず、普段から布袋を持ち歩く市民も多かった。行列と見れば、とにかく並ぶのだ。

 90年春に再訪したモスクワは、市場経済導入を模索していたが、道半ばで翌91年にソ連邦が解体してしまった。ボリシェビキ革命から74年、ソ連建国から69年で、史上初の社会主義国家は消えた。

 ソ連誕生に前後して「社会主義経済計算論争」の口火を切ったのは、オーストリア学派の経済学者ルートヴィヒ・ミーゼスの論文「社会主義共同体における経済計算」だった。彼の主張を要約すると――。

 社会主義経済では、生産手段(原材料、土地、工場・機械など)が公有化され、市場で取引されなくなるので価格がつかない。価格なき生産手段を用いた生産物のコストや収益などの経済計算ができなくなる。適正な資源配分ができず、社会主義経済は機能しない。

 オスカー・ランゲなど社会主義経済学者が反論した。中央計画局のような組織が、さまざまな情報を収集して計算を重ね、いわば市場のシュミュレーションをすることで、市場の資源配分機能を代替できると。

 再反論したのが、ミーゼスの弟子のフリードリヒ・ハイエクだった。理屈はその通りかもしれないが、現実には市場メカニズムが日々消化している膨大な情報を収集して膨大な量の計算をするのは人間業を超え、不可能だとした。

 ソ連はゴスプラン(ソ連国会計画委員会)が、他の東欧諸国も同様の組織が、さまざまな財の生産量や価格などを計算して決めていた。筆者のように、壁崩壊以前のソ連・東欧の経済状況を実見した者ならだれしも、ハイエクに軍配をあげただろう。

 だが、ハイエクが「不可能」と考えた計算が可能になれば、話は変わってくる。米グーグルは、開発中の量子コンピューターがスパコンの性能を凌駕する「量子超越」を達成したと発表した。ある計算では、スパコンの15億倍もの計算性能を発揮したという。

 量子コンピューターの実用化には20~30年かかるとされるが、中国・アリババ集団の創業者で9月まで会長だった馬雲(ジャック・マー)はかつて、AI(人工知能)やビッグデータの発達で30年後には計画経済が機能するようになる、との趣旨の発言をしていた。

 市場経済の今後の実績次第では、計画経済が息を吹き返すことも、ないとはいえまい。先進国で、おしなべて格差拡大が見られ、米大統領選の民主党候補に手をあげるバーニー・サンダースは社会民主主義者を自称する。エリザベス・ウォーレンも左派色が強い。

 格差による不満がポピュリズム政治家の台頭を招き、民主主義が揺さぶられている国も少なくない。

 新自由主義の実践で、中南米の主要国で最も豊か(1人当たりGDPで)になったチリは、最も格差が広がった国でもあり、目下、首都サンティアゴの地下鉄運賃引き上げを契機に、反政府運動が盛り上がる。

 もっとも、旧ソ連・東欧の社会主義国の計画経済は、一党独裁などの権威主義政治体制とペアになっていた。社会主義市場経済を自認する中国では、ペンス米副大統領が警告したように、デジタル技術を利用した監視国家化が進んでいる。

 量子コンピューターの登場は、人類文明の可能性を飛躍的に広げる。経済社会も大きく影響を受ける。ただ、その可能性の中には、超監視国家のようなディストピアも含まれることを、心しなくてはなるまい。

■土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版)

最終更新:11/8(金) 12:09
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