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[社説]「ベルリンの壁」崩壊30年、朝鮮半島にも「脱冷戦」を

11/9(土) 8:06配信

ハンギョレ新聞

 1989年11月9日、東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩壊した。しばらくして東西ドイツは統一の喜びを満喫し、東欧の共産主義体制は相次いで崩壊した。2年後にはソ連まで崩れ、冷戦は歴史の遺物になった。こうして脱冷戦という世紀の転換が起こってから30年が経った。にもかかわらず、朝鮮半島だけがまだ脱冷戦の無風地帯として残っている現実を見ると複雑だ。南北が冷戦的対決から脱し、和解と協力の道を築くために共に努力することを期待する。

 外信によると、30年前に現場でベルリンの壁崩壊を経験した人たちは、一様に「全く予想できない、驚くべき、胸にしみる経験だった」と回顧している。映画 『ベルリン・天使の詩』を監督した西ドイツ出身のビム・ベンダーズは、最初は「壁が崩れただと? ソ連の戦車が侵攻してきたのか」と思ったという。しかし実際のベルリンの壁崩壊は、西ドイツが1969年のビリー・ブラント首相の「東方外交」表明後、政権交代に関係なく超党的に東西ドイツ間の和解と交流・協力を一貫して推進してきた結果だという点には異論がない。革新政権か保守政権かによって、対北朝鮮政策が「和解」と「対決」の間を振り子のように行き来する国内政界が振り返るべき教訓だ。

 ドイツ統一が皆を幸せにしたわけではない。ハンギョレによるフンボルト大学のステッフェン・マウ教授へのインタビューによると、東西ドイツが分裂と格差を克服して統合に至るには、まだ道のりは遠いようだ。西ドイツの政治・経済的優位は明らかな一方、東ドイツには失業や低所得、剥奪感が蔓延しているという。制度の統一が社会統合を保障できなかったのだ。

 準備のできていない統一は新たな困難の始まりかもしれない。今からでもドイツ統一を教訓とし、どのように南北和解と交流、協力を実現していくのか、どのような過程を経てどのように社会統合を果たしていくのかなどについて、社会的合意を経て青写真を描く努力を傾けるべきである。

(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:11/9(土) 8:06
ハンギョレ新聞

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