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料理愛好家を生み出した夫に対する平野レミなりの弔い方

11/10(日) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

【今週グサッときた名言珍言】

「100年か200年後には、ここにいる人全部さ、いなくなっているからね。みんなそうなのよ! だから今を元気に生きましょうね!」(平野レミ/NHK「ごごナマ」10月29日放送)

  ◇  ◇  ◇

 視聴者からの投稿で、夫の和田誠氏が亡くなったことに対して励まされると、平野レミ(72)は「あー嫌だ、ダメだ」とそれまで、こらえていた涙があふれ出た。そして一呼吸置き「でもね、私思うの」と涙を拭って、明るい声で続けて語ったのが今週の言葉だ。

 現在は「料理愛好家」としてテレビで人気を集めているが、もともとはシャンソン歌手。そんな彼女とイラストレーターの和田氏とのなれ初めのエピソードは有名だ。きっかけは、TBSのラジオ番組「キンキン・ケンケンのそれ行け!歌謡曲」だった。

 平野は番組内コーナー「ミュージック・キャラバン」にレギュラー出演していたが、共演していた久米宏によると、それは「いまの時代ではとてもオンエアできないような、放送コードをいつもぶち破りながら前に進む」(TBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」2019年10月12日)ような放送だった。

 その平野の声にほれ込んで、和田は久米に「一緒にやってる子を紹介してよ」と頼んだ。久米にとって和田は麻雀の師匠。普通なら断らないが、平野のキャラクターを知っている久米は「やめときなさい」と答えた。仕方なく和田はディレクターに頼み、それからわずか1週間で結婚を決めた。

 実はラジオの前に和田は一度テレビで平野を見ていた。その時、彼女は生放送でピアノの前で歌っていたが、歌い始めたらすぐやめて、やり直した。それが和田には「チャーミング」に映ったのだ。

 初めて会った日、しゃぶしゃぶ店で店員に「この付けるタレ、何でできてるの?」と聞いている彼女を見て、この人は料理がうまい人だと確信したという(朝日新聞出版「週刊朝日」14年4月18日号)。そんな和田の勧めもあり、「料理愛好家」としてテレビに出始めたのだ。

 和田は「食べ上手」でもあったという。

「『おいしいね』って言ってくれて、『ちょっとコクがたりないかな』とか言い方がうまかった。すると、次はこうしてみようかなって思うでしょ。和田さんが私を持ち上げるのがうまいから、上手になっていったのかもしれない」(光文社「女性自身」19年10月12日)

 和田が亡くなった時、平野は彼が好きだったご飯をたくさん作り、安らかな顔の横に置いたという。肺炎を患った後は満足な食事ができなかった和田への平野なりの弔い方だった。最後の料理を作っている時、改めて平野は思った。

「私にとっての一番の幸せは、和田さんにご飯を作ることだったんだ」(「NHKニュース」19年10月11日)と。

(てれびのスキマ 戸部田誠/ライタ―)

最終更新:11/10(日) 9:26
日刊ゲンダイDIGITAL

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