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仮想通貨の資金調達に、「アジアの中心」構想! 常識を打ち破る、FC琉球の革新的な経営戦略とは?

11/10(日) 19:30配信

REAL SPORTS

2019年9月、Jリーグは、J2に所属するFC琉球にJ1クラブライセンスを交付した。2016年の倉林啓士郎社長(現会長)就任以降、J3優勝、J2昇格と沖縄初のJ1チームに着実に近づいているFC琉球の勢いはどこからやってくるのか? 経営からクラブを変えた当事者である倉林会長以下、31歳にして代表取締役社長を任された三上昴氏、三上氏とともに代表を務める廣崎圭(※)代表取締役副社長、地域経済活性化支援機構から監査役として加わっている小川淳史氏らの証言で構成する。
(※正式な表記は「たつさき」)

J3からJ2へ 今一番勢いのあるJクラブが体制変更した意味

2016年12月、代表取締役社長就任以来、沖縄のサッカー界のみならず日本サッカー界に新たな波を起こし続けてきたFC琉球の倉林啓士郎が、代表取締役社長を退き会長に就任すると発表された。会長に就任する倉林の後を受けるのは、筑波大学卒、ゴールドマン・サックス証券出身の31歳、三上昴。同じく代表権を持つ副社長には、JFL、Jリーグでマッチコミッショナーを歴任し、2018年からはJリーグマッチコミッショナー委員を務めていた廣崎圭が就任した。

「新体制になって数カ月、2人とも慣れていない部分があって、既存のスタッフや現場レベルでは『この若い社長は何だ』みたいな感じのコミュニケーションのぶつかり合いはあったと思います。『大丈夫かな?』と遠目に見ていましたが、数カ月が過ぎて、ぶつかり合いも逆にいい形で回ってきているんじゃないかなという気はしています」

自身も就任時はJリーグ最年少社長として注目された倉林は、その時の自分よりもはるかに若い当時31歳の三上社長にバトンを渡した後の数カ月をこう振り返った。

この「大英断」に対しては、「早すぎる」「せっかく順調にいっているのに」と懐疑的な声もあった。三上は、大抜擢に対して「やりたいという気持ちが強かった」とこのチャレンジに心を躍らせる気持ちが強かったと振り返ったが、倉林は自らも会長職として三上を支え、副社長には自分より年上で経験のある廣崎を据える2人代表制を敷いたのだ。

「廣崎さんはもともと、筑波大学付属駒場高等学校のサッカー部の先輩で、OBとしてサッカー面ではトップキャリアを持っている人でした。高校時代にはコーチとして接していたのと、卒業後はOB会でも顔を合わせていたので、うちの高校出身でJリーグの仕事をされている先輩がいるんだと、いろいろと教えてもらっていました」

倉林がFC琉球の経営に関わるようになって2年目の2018年、6月のFC東京U23との試合でマッチコミッショナーを務めていたのが廣崎だった。

「こんなところで会いましたね、みたいな会話を交わしたのを憶えています」

J3で首位を走り、J2昇格が見えてきた8月下旬、「信頼できる強化部が絶対に必要だ」と感じていた倉林は廣崎に連絡を取った。

年に2回のOB会で会う程度だった倉林とのやりとりを廣崎はこう振り返る。

「2017年正月のOB会で『琉球の社長をやることになったんです』って言われて、冗談かと思ったら本気で、それから1年半後にLINEで誘われたんですよ。お盆のOB会で会った時はそんなこと一言も言わなかったのに、10日後くらいにLINEで『沖縄に来てください』と。2018年の8月の末くらいですね」

J3の終盤の試合を何試合か観てもらった後、11月に廣崎に正式クラブに入ってもらい、J2以降を見据えて二人三脚でチーム編成を考えた。

「Jリーグの、サッカーの仕事をもう一回やりましょう。大先輩なんだからお願いします、とお願いしました」

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最終更新:11/10(日) 21:30
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