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「好きなこと・得意なこと・求められること」3つの円が重なる部分をしっかり探すことが大事――元プロボクサーのクリエイター・伊藤康一の仕事論(3)

11/12(火) 11:16配信

リクナビNEXTジャーナル

熱狂的なファンをもつTシャツとハンコで成功した「伊藤製作所」代表の伊藤康一さんにビジネスを成功させた理由や仕事観などを全5回に渡って聞く連載。
Tシャツ屋を開業し、死に物狂いのがむしゃらな努力で、「3年以内に食えるようになる」という目標を見事達成した伊藤さん。その後、再び上京。谷中に実店舗を出すことになる。そしてついに「邪悪なハンコ屋 しにものぐるい」を開店して大ヒットさせる。
今回の第3回では、ハンコ屋を始めた経緯、ヒットした理由などに迫る。
プロフィール
伊藤 康一(いとう・こういち)
1974年、愛知県生まれ。大学3年生の時にプロボクサーとしてデビュー。半年後、引退。実家に戻ってWebサイトの構築に励む。半年後、再び上京。フリーターに。この頃、「伊藤製作所」を立ち上げる。2005年、再び実家に戻り個人でTシャツ屋を始める。攻めたデザインで徐々にファンを増やす。2008年、再び上京。谷中に実店舗を開店。2009年「邪悪なハンコ屋 しにものぐるい」を開店。SNSのつぶやきをきっかけに大ヒット。
戦うTシャツ屋 伊藤製作所
邪悪なハンコ屋 しにものぐるい

谷中にTシャツ屋の実店舗を開く

──Tシャツ屋を開業して3年で軌道に乗せたわけですが、その後も順調だったのですか?
いえ、2007年にインディーズTシャツブームがピークを迎えて、その後は全体的に下がっていったのに合わせて、ウチも次の年(4年目)に、初めて売り上が前年より落ちました。ブームは自分でコントロールできないので、今のやり方の延長では限界があると感じていました。その時に、実店舗を開いてみたいなと思ったんです。それまでは実店舗なんて初期費用はめちゃめちゃかかるだろうし、家賃、光熱費など固定経費もたくさんかかる。失敗したら場所に縛られるからやり直しも難しい。そして世の中を見れば失敗する確率の方がどう考えても高い。だから実店舗なんて絶対にやっちゃダメだ! と思っていました。でも、自分の店を持って、商売してみたいなという自分の願望に逆らえませんでした(笑)。
資金的にも貯金が300万円貯まっていたし、食べていけるようになったら、また実家を離れると親に話していたので、そろそろかなと。じゃあどこに住もうと考えた時に、ついでにお店もやるとしたら、地元岡崎じゃ人口が少ない。名古屋に出ればいいかもしれないけれど、だったら高校卒業以来ずっと過ごしていた東京に戻ってお店をやった方がいいなと思って、今の谷中銀座商店街の近くの実店舗を借りたんです。ちょうどリーマン・ショックがニュースになってたころに物件の契約したのを覚えています。
──なぜ谷中銀座商店街を選んだのですか?
最初はありがちですけど下北沢にお店を出してみたかったんですよね。下北沢にお店出すってあこがれるじゃないですか(笑)。でも当時、唯一僕のTシャツを販売してくれていたお店が下北沢にあったんです。だからバッティングしてもしょうがないと思って、下北沢はあきらめました。なので、下北沢以外ならどこでもいいと思っていました。
どこにしようか考えていたところ、知り合いの知り合いの方が谷中でお店を開いていて。それで谷中の街のことを教えてもらったり、街中にクリエーターさんのお店が増え始めていたりして、いわゆる谷根千(谷中、根津、千駄木)が盛り上がってきてる感じがして、そのまま谷中に決めたんです。
▲平日でも大勢の人々で賑わう谷中銀座商店街。近年は外国人観光客が激増中

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最終更新:11/18(月) 14:01
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