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平成より「静か」な大嘗祭、深まらぬ憲法議論 30年前はハンストも

11/12(火) 10:00配信

京都新聞

 皇位継承に伴う重要祭祀、大嘗祭。中心儀式「大嘗宮の儀」が11月14、15日に行われる。カメの甲羅を使った占い「亀卜(きぼく)」によって選ばれた「斎田」で収穫されたコメを天皇陛下が神々に供え、自らも食べ、五穀豊穣を祈られる。儀式は秘事とされてきた。平成の代替わりの際は、憲法の政教分離原則に反するとして、国費支出の差し止めを求める違憲訴訟が全国で相次いだ。30年前のあの頃と何が変わり、何が議論されないまま、積み残されているのだろう。

【写真】建設が進む大嘗宮(2019年9月17日)

30年前「極秘裏」に運ばれた高御座、波風なく移送

 信号が全て青に変わる。1990(平成2)年5月29日。京都御所(京都市上京区)の建春門から、パトカーに先導されたトラック8台が極秘裏に走り出した。積み荷は解体、梱包した「高御座」。途中から装甲車も加わる。ものものしさに驚く市民。五条通をひた走り、約20分で陸上自衛隊桂駐屯地(西京区)に到着した。荷を積み込んだ大型ヘリが飛び立ち、夕方には立川基地(東京都)に降り立った。厳戒の中、平成の「即位の礼」を前に高御座は東京にたどり着いた。90年代は京都でも宮内庁の関連施設や皇室ゆかりの寺で、時限式発火装置を使ったとみられる爆発や火災が連続発生した。
 京都御所に戻されていた高御座は、令和の「即位の礼」で再び東京へ運ばれたが、自衛隊は関与せず民間業者のトラックが運送した。戦前まで「現人神(あらひとがみ)」を象徴する玉座とされ、前回は戦後憲法「政教分離の原則」に抵触するか焦点だった高御座だが、今回は注目も浴びず、波風もなく移送された。政府は一連の即位儀式について前回に倣うことを閣議決定した。

街宣車が妨害 バブル全盛期、ハンストの記憶

 「何度となく暴言を浴びせられた。1カ月前から食事量を減らしていたので空腹は平気だったが」。大嘗祭前日の90年11月21日朝、京都高島屋前(下京区)。仲間7人と48時間ハンストのために座り込んだ牧師(61)は振り返る。日本キリスト教団京都教区では、「天皇制の強化」や大嘗祭の行われ方に体を張って反対の意を示した。「天皇制というものが十分に議論されないまま元号が変えられ、儀式に公費が支出されていくことがおかしいと感じていた」
 座り込んでいると右翼の街宣車に妨害を受けた。無言で帽子を取り、深々と礼をして去っていく人も、励ましの声を掛ける人もいた。時はバブル全盛期。同年1月の世論調査(日本世論調査会、3千人対象)では大嘗祭に「ある程度国費を使うのはやむを得ない」という消極的賛成が57%、「どういう儀式か分からない」が23%だった。

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最終更新:11/12(火) 12:35
京都新聞

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