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懐かしのスターレットが新型ヤリスの原点だった!?

11/12(火) 14:30配信

MOTA

2019年10月、トヨタは新型ヴィッツのフルモデルチェンジに際し、「ヤリス」の名を与えて新たに発表しました。

■ああ懐かしい! パブリカ、スターレット~新型ヤリスの画像を見る(25枚)

コンパクトカーの世界基準になるべく渾身の力を込めて開発が行われた新型ヤリスですが、日本人には聞き慣れない車名ですよね。実はヴィッツの海外版は、初代から「ヤリス」の名前で販売されており、むしろヴィッツのほうがローカルネームだったのです。
そこで今回は新型ヤリスの発売を記念して、ヤリスの先祖であるパブリカ~スターレット~ヴィッツの歴史を2回に分けてお送りしたいと思います。

パブリカは「パブリックカー」の略!

■ザ・大衆車! シンプルで低価格の初代
トヨタ パブリカは、1955(昭和30)年に通産省(現:経済産業省)がまとめた国民車構想を受けて、1961(昭和36)年から発売された大衆車です。
初代パブリカ(UP10/UP20型)が登場した同年6月時点でトヨタが作っていた乗用車は、初代クラウン(RS20/30型)と2代目コロナ(T20型)でした。パブリカはコロナよりもさらに下のカテゴリーを担うべく、空冷2気筒700ccという簡潔なエンジンを選択。大人4人が乗れるボディと低価格でヒット作となりました。1966(昭和41)年には排気量が800ccに拡大されています。

■フルモデルチェンジと見紛う2代目
続いて1969(昭和44)年、2代目パブリカ(UP30/KP30/50型)がデビューしました。エンジンは新たにカローラ系の1000/1100cc水冷OHV 4気筒エンジンを主力とし、一部に既存の空冷800ccが残されました。どことなく質素な雰囲気があった初代と異なり、デザインの質もアップしました。1972(昭和47)年にはボディを大きく変更するほどの大規模なマイナーチェンジを実施しています。
余談ながら、子供のころ筆者はこのマイチェンをフルモデルチェンジだと思っていました。何しろボディパネルがほとんど違うのですから!

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最終更新:11/12(火) 15:19
MOTA

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