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[寄稿]“進歩の枠組み”を変えなければならない

11/12(火) 8:27配信

ハンギョレ新聞

 最近ハンギョレの「チョ・グク、その後」企画連載記事を興味深く読んだ。特に「再び問題は不平等だ」編に掲載されたイ・ジェフン、オ・ヨンソ記者の記事(「チョ・グク対戦」外の人々の怒り)が感銘深かった。不平等問題の核心を的確に衝いた二人の記者に感謝を申し上げ、私の考えを少しだけ加えたい。

 不平等談論には大きく見て二種類がある。「1%対99%」談論と「20%対80%」談論だ。その中間に「10%対90%」談論があるが、これは「20対80」談論に属すると見るのが良いだろう。まだ主流談論は「1対99」談論なので、何とかして弱い側が互いに力を合わせて主流談論の問題を暴露し矯正するのが良いのではないかという考えからだ。

 不平等の緩和のために、上位1%を問題視するのか、あるいは上位20%を問題視するのか?私たちは、別にどちらでもいいのではないかと考える傾向がある。まず99%が力を合わせて1%の持分を減らした後に、20%の持分も減らしていけば良いのではないかと考えがちだ。しかし、それは幻想だ。20%には自身の持分を減らす意向はない。彼らの1%批判は、自身の持分に対する批判を避けるための安全弁の性格が濃厚なので、政策として実現されることは難しい。

 不平等の緩和は、経済の領域であると同時に、疎通と説得の領域だ。20%に属する人々が「私も譲歩したのに、なぜあなた方は譲歩しないのか?」という堂々としていて公平無私な姿勢を持つ時に、初めて「1%改革」も可能になる。20%に属する政策決定者と専門家集団が、自分の持分を少し譲歩する痛みを感じる時にこそ初めて抽象的なスローガンではない、精巧な政策手段として「1%改革」を成功させられるはずだ。

 「1対99」談論は、一般大衆の幅広い呼応を得ることも難しい。大企業の労働者か、中小企業の労働者か、正規職か非正規職かによって、賃金格差がほとんど二倍ないし三倍にもなる不公正に苦しんでいる人々にとって、「1%改革」は何の興味もない遠い国の話に過ぎない。ところが韓国の進歩派は、執拗にこのモデルを守り「資本対労働」という二分法思考に捕らわれている。低所得層と非正規職が、保守的な大統領候補により多くの票を投じる理由もまさにここにある。

 「1対99」から「20対80」モデルに移動することは、改革方法論の次元を超えて、進歩派が既存思考の枠組みを革命的に変えなければならないということを意味する。私たちは「民主化以後の民主主義」体制に暮らしているが、進歩は相変らず社会改革を民主化闘争の延長線上で考えて実践する習俗を持っている。民主化闘争は巨大な敵を押し倒さなければならない闘争だったので、進歩は巨大談論と総論には長けていて強いが、民生と各論には無能で弱い。これは「1対99」モデルの政治的バージョンで、今日では必ず失敗することになっている。「20対80」モデルに移動すれば、進歩には全く違う資質が要求される。

 民主化闘争家は民主化の恩人だ。だが、彼らの習俗と資質は民主化以後の政治には合わない。胸が痛いが、それが世の習いだ。子供のために犠牲を甘受した両親は、子供がうまくいくことを望むだけで、成人した子供の判断を尊重する。世の中が変わったことをよく知っているからだ。ところが、民主化闘争家には両親のそのような心がない。彼らは、保守を巨大な敵として掲げ、時効が尽きた民主化闘争モデルを延長して、自分たちの既得権を強化している。もちろん、これは保守の情けない水準と形態にも責任があるが、それが進歩の免責理由にはなりえない。民生を疎かにして既得権と正義を同時に独占しようとする、こうした政治的資質は今は本当に始末に負えない。

 「20対80」モデルは、「資本対労働」という1980年代式思考を超えて、労働内部に存在する不平等に視線を転じることを要求する。大企業の労働者の相当数が20%に属する現実を直視して、彼らと結んだ同盟を超えて「私たち皆が80%を考えよう」と説得する政策転換を要求する。自分たちが20%に属する階級偏向性を持っていることを認め、最優先政策議題が80%の民生とは関係のない自分たちだけの習俗から始まった我執であるかもしれないという可能性を、おびえながら省察することを要求する。保守との比較を通じて自分の正当性を強弁する「敵対関係」の枠組みから抜け出して、80%の国民を眺めて政治をする姿勢転換を要求する。民生を大切にするにあたっては、怒りと憎しみではなく、文字どおり「血と汗と涙」が要求されるのは言うまでもない。

カン・ジュンマン全北大学新聞放送学科教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:11/12(火) 8:27
ハンギョレ新聞

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