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オープンデータでみる「大嘗祭」 「神皇帰一」から「公的性格」…政府見解の変遷は

11/13(水) 15:42配信

47NEWS

 皇位継承に伴う「大嘗祭」が14~15日に行われる。即位後の天皇が行う「一世一度の重要儀式」とされるが、当日の内容はほとんどが非公開。長い歴史を有しながら、謎の多い「秘儀」ともみなされてきた。いったい何をして、どんな意味を持つのだろう。

 それを知るヒントになりそうなのが、国や国立国会図書館がネットで公開している「オープンデータ」だ。なかでも、大正・昭和の代替わり儀式の記録をまとめた政府刊行物は、当時の政府が大嘗祭をどのように捉え、国民にどう説明しようとしていたかを知る格好の資料といえる。

 まず、大嘗祭の一般的な説明を確認したい。それは、即位した天皇が大嘗宮を舞台にその年に収穫されたコメなどを神々に供えるとともに、自らも食べて国と国民の安寧を祈り、五穀豊穣に感謝する―と説明されている。平成の代替わり時に国がまとめた見解はそう説明した上で、次のように意義付ける。「それは皇位の継承があったときは必ず挙行すべきものとされ、皇室の長い伝統を受け継いだ、皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式である」(1989年12月21日、閣議口頭了解「『即位の礼』・大嘗祭の挙行等について」別紙)

 また、平成時の規模や次第は明治時代後半(1909年)に定められた「登極令」(日本国憲法施行に伴い廃止)に沿って行われ、今回もその前例が踏襲される。つまり、平成・令和の大嘗祭は「登極令」に基づいて行われた大正・昭和のそれと一続きのものとみることができる。

 では、大正・昭和当時の政府は大嘗祭をどのように意義付けたのか。「国立国会図書館デジタルコレクション」で公開されている資料を順を追ってみていく。

 19年(大正8)に発行された「大礼記録」は、15年に行われた皇位継承儀式の内容を一般に周知することを目的に、内閣に設けられた「大礼記録編纂委員会」によって編さんされた。897ページと大部で奥付を見ると定価は「22円」。写真など図版も数多く掲載されているが、文語体で記されおり今の感覚からすると読みにくさは否めない。

 冒頭4ページをみると「第二節 大嘗祭」とあり、最初の段落でその意義が説かれている。平成時の説明と重なる部分もあるが、後半は様相を異にしている。見慣れない言葉もあるが引用する。

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最終更新:11/13(水) 16:57
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