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ロッテ1位・佐々木朗希<2>震災を機に母は女手ひとつで3人の息子を育てた

11/13(水) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

【19年ドラフト選手の“家庭の事情”】#2

 佐々木朗希(ロッテ1位)=2=

 ◇  ◇  ◇

 東日本大震災後、女手ひとつで3人の息子を育てる母・陽子さん(46)は、「特別なことはしていません。勝手に育ちました」と笑う。「百獣戦隊ガオレンジャー」のキャラクター・狼鬼をもじって朗希と名付けた。小さい頃は、寝る子は育つと夜9時には床に就かせた。

 朗希は中学3年の時、KWBボールの「オール気仙」で野球をやっていた。練習や試合の時にはいつも、陽子さんが送り迎えをしていた。

 当時からオール気仙でコーチを務める小川健斗氏は、陽子さんについて、こう振り返る。

「秋のある日のことです。私が練習で朗希君の打撃投手をやっていた時、ボールをうまくコントロールできず、朗希君の背中にぶつけてしまった。朗希君は『気にしないでください、先生』と言ってくれましたが、お母さんのところにも謝りに行きました。するとお母さんから冗談が返ってきたので、私自身も救われました。そのことをきっかけに、私のことを覚えていただいた感じです」

 陽子さんは高校3年になった朗希に、ご飯3合とおかずを詰め込んだ弁当を持たせた。「希望に応えるようにしていました」と、陽子さんは言う。

 夏の岩手県大会中、朗希は自身や相手校の研究にいそしんだ。夕食を食べている間も熱心に映像を見た。

「私は全く野球のことはわからないのですが、テレビで解説者の方が『スライダーのキレが素晴らしい』と話したことに対して、『フォークだし』などとブツブツ言っていました(笑い)」(陽子さん)

 甲子園出場はかなわなかったが、朗希はU18W杯に向けて自主トレに励んだ。陽子さんは朝、朗希のトレーニングウエアを用意して、仕事に出掛けた。夜に帰宅して、ウエアが洗濯機に放り込まれているのを見て、「ああ、今日は練習をしてきたんだな」とその日の様子を確認した。思春期の息子と母。163キロを投げて日本中の注目を集める怪物だが、普段は至って普通の18歳だと母は思っている。

■「ゼロに抑えられてよかった」

 9月6日。U18の韓国戦で朗希が先発した。陽子さんも開催地である韓国へ飛んだ。

 現地の食事に苦労する朗希に、カルピスとカップ麺を差し入れた。試合では初回にマメを潰して降板したが、周囲の心配をよそに「1イニングだけでしたけど、ゼロに抑えられてよかったです」と努めて前向きに話した。

 3歳年上にあたる兄の琉希さんは東北学院大(仙台市)に在学。中学2年の弟・怜希さんは朗希と同じ大船渡第一中の野球部で三塁や遊撃を守り、足が速いと評判だ。

「ここまで野球をやらせてもらい、親に迷惑をかけた。勝つことが恩返しになる」

 こう言って母に感謝した朗希。新天地に向かう日まであと2カ月だ。

▽ささき・ろうき 2001年11月3日、岩手県陸前高田市生まれ。高田小3年から野球を始めた。11年の東日本大震災で被災し、大船渡市へ移住。大船渡一中時代は軟式。中3時はKWBボールのオール気仙でプレー。大船渡高入学後、今年4月のU18代表候補合宿で163キロをマーク。一躍「令和の怪物」として大きな注目を集めるようになった。190センチ、86キロ。右投げ右打ち。

最終更新:11/13(水) 19:18
日刊ゲンダイDIGITAL

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