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『赤ちゃん泥棒』歓喜の歌からキューブリックまで!アナロジーで読み解くコーエン兄弟作品

11/13(水) 7:03配信

CINEMORE

コメディ作家としてのコーエン兄弟

 『ノーカントリー』(07)や『トゥルー・グリット』(10)など、ヒリつくような暴力描写を静謐な抑えたトーンで描き、評価の高いコーエン兄弟だが、フィルモグラフィにコメディは少なくない。むしろ、ほとんどの作品は軸として「コメディ」が据えられて、サブジャンル的に「犯罪」や「殺人」が組み込まれていると言ってもいいだろう。また、ほとんどの作品で劇中の登場人物を別の何かの象徴として描いているのも特徴だ。

 たとえば『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(13)では、ネコを返すために右往左往するフォーク歌手を描きながら「ネコそのもの」を描いているし、『シリアスマン』(09)では、災難にばかり合う男を描き、旧約聖書ヨブ記を現代に置き換えてみせる。

 「描いている事象や人物が、そのままの意味を持たないコメディ」というのがコーエン兄弟の作風と言ってもいいだろう。そんなフィルモグラフィの中で奇妙な輝きを放つ作品が『赤ちゃん泥棒』(87)である。

『赤ちゃん泥棒』の魅力

 映画が始まると、主人公ハイ(ニコラス・ケイジ)とエド(ホリー・ハンター)のなれそめが、バンジョーによるカントリー風にアレンジされたベートーベン「歓喜の歌」をバックに、テンポの良い編集で手際よく語られる。

 ショットガン(しかし、弾は入っていない)で深夜営業のスーパーを常習的に襲い、何度も捕まるハイと、その度にマグショットを撮影する警察官のエドは顔なじみとなり、惹かれあい、ついに結婚を果たす。結婚を機にハイは工場勤めを始め、まっとうな生活を始めようとするが、エドの不妊症が発覚すると失意のあまりエドは退職し、ハイも強盗への欲求が湧き上がってしまう。そんな中、地元の有力者ネイサン・アリゾナ夫妻に5つ子誕生のニュースが報じられる。「5人もいるなら一人くらい……」

 ここで音楽が、メインのテーマ曲「WAY OUT THERE」へ変わると共にタイトル『Rasing Arizona』(原題:直訳で「アリゾナを育てる」)が立ち現れる。

 「歓喜の歌」を含んだベートーベンの「交響曲第九番ニ短調」(通称「第九」)といえばフルオーケストラと大人数の合唱団により年の瀬に演奏される定番曲として知られているだろう。中でもやはり「歓喜の歌」は「友達がいることを喜ぼう! パートナーがいる人は喜ぼう!」と高らかに歌い命を喜ぶ、正に「歓喜」の歌である。

 一方、本作のテーマ曲「WAY OUT THERE」劇中ではインストで使用されているが、元は歌詞のあるカントリーソングで、寂寥とした西部の荒野から“出て行こう”(Way Out There)と歌われている。また、英語で「Way Out There」と言った場合「(現状から)脱却しよう」という意味でも使われ、ハイとエドの「子供がいない」や「仕事がままならない」といった現状をなんとかしようと思う前向きな心象も表している。

 これらの選曲に象徴される通り、本作は命の誕生を喜ぶ、コーエン兄弟作品としては珍しく、非常に前向きな気持ちになれる作品なのである。

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最終更新:11/13(水) 7:03
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