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今年のノーベル経済学賞のバナジー教授、「インド国民は5年前より貧しい」

11/13(水) 12:34配信

ニュースソクラ

【経済着眼】過大評価のインド経済、国有銀行改革進まず

 インドのモディー首相は2014年5月に総選挙で国民会議派を破って就任すると、経済改革に取り組み、財サービス税(GST)の導入、破産法成立、物議をかもした高額紙幣の流通停止などの施策を次々に打ち出した。このうち、2016年に突如として発表された紙幣の廃止では紙幣流通量の86%に当たる高額紙幣が一夜にして無効になった。

 さらにGST導入の税制改革では、それまで税制の埒外にいた中小企業、インフォーマルセクターから不満が噴出した。しかし、低位のカーストに対する住宅供給、全家庭への電力供給とトイレの設置など、目に見える社会福祉的な政策は相応の成果を上げて、これが19年5月のモディー再選につながった。

 インド経済は昨年1~3月の8.1%をピークに次第にスローダウンして今年に入って1~3月が5.8%、4~6月が5.0%と6年ぶりの低成長となった。成長率の低下に従い、毎年1,200万人が労働市場に参入する供給圧力でレイオフや給与削減が相次いだ。

 失業率は10%を超えているとみられる。消費者は不安心理から緊縮の度を強め、それが消費需要の減少をもたらし、景気がさらに下方シフトするという悪循環につながっている。とくに自営業者、契約労働者、農民などの脆弱な労働者層は最も大きな打撃を受けた。

 モディー政権は、景気の悪化は国際的な貿易縮小や中国の景気スローダウンなどの国際的な環境悪化のせいだ、と責任を回避している。しかし、インド内外の経済専門家は、インド経済のスローダウンはインド政府自らが招いたものとみなしている。

 つまり、経済政策の過誤、市場重視の構造改革への取り組み不足、そしてもっとも厄介なのはシャドーバンキングの悪化、金融システムの不良資産問題とその対処を怠ってきたことだ。

 民間設備投資は、リーマンショック後の10年間、ほとんど動意を見せていない。一方で政府部門投資は、財政赤字を伴いながら中央、地方政府ならびに国営企業の投資によってGDP比10%のウエイトで支出を拡大させてきた。個人消費は消費者心理の悪化に加えて消費者金融の伸び悩みから不振に陥った。

 インド準備銀行による消費動向調査では、将来の見通し悪化している。家計は貯蓄を取り崩すか、ローンを借りて生計をやりくりしている。ちなみに家計貯蓄率(GDP比)は2012年の23.6%から2018年には17.2%に低下している。

 インドの消費が伸びてきた要因に消費者信用の拡張(消費者ローンのGDP比11%)があった。しかし、業容拡大を急いだインフラ融資を専門とする大手ノンバンクの倒産などから住宅・消費者ローンの伸びも鈍化した。インドも住宅ローン、消費者金融などのシャドーバンキングは経営の健全性にかねてより問題があった。これを正そうとしたパテル中銀総裁は政府と衝突して辞任した。

 インドの自動車産業は製造業全体の4割を占める巨大産業である。しかし、今年4~9月中の乗用・商用車販売台数は前年比23%のマイナスとなった。二輪車販売も同期間中16%のマイナスである。

 世界的に自動車市場は「カー・ピーク」(景気の停滞にシェアリングサービスの拡大などの構造的要因が加わって自動車生産・販売ともピークを過ぎた)と呼ばれるような不振に陥っている。インドでも景気の低迷に加えて、環境適合の強化、上記のような消費者ローンの抑制などが響いている。もっとも、潜在的な自動車需要は大きいという見方に変わりはない。

 国営銀行を中心とした不良資産問題の解決はノーベル賞を取ったラジャン元中銀総裁が繰り返し政府に対応を急かして、再任を見送られた主因となった。不良資産の中身をみると、国営銀行の電力、道路、通信などのインフラ部門と鉄鋼産業で約4割である。

 当然政治家との癒着、腐敗汚職が取りざたされてきた企業ばかりだ。したがって解決も容易ではない。中銀は国営銀行21行のうち11行に早期是正措置(PCA)を迫った。しかし、政府による公的資本注入を理由にこれまで多くの銀行が早期是正措置(PCA)を免れて対象は5行だけとなった。

 シャドーバンキング産業は大手銀行からも多額の借り入れを行っている。S&P社はシャドーバンクが破綻した場合の銀行経営に対する伝染性リスクに警告を発している。パテル中銀総裁の辞任につながった政府との癒着など経営ガバナンスやノンバンク向け融資の不良化など、国営銀行の経営健全化の道のりは遠い、との見方が多い。

 今年のインド経済は6%の実質成長と予測されている。しかし、サブラマニアン元政府主任顧問が6月に「インドのGDP 統計は2011年度から2016年度にかけて過大評価されており、2.5%程度の誤差がある」との爆弾発言をした。政府はもちろんこの発言を否定したが、内外の多くのエコノミスト達はその妥当性を擁護した。

 サブラマニアン氏は世界的金融危機後、じつはインドは回復していないと証言する。投資と輸出という新興国の成長エンジンが全く回復していないというのだ。

 モディー首相が約束した若者の雇用拡大はなかなか実現せずにいた。それどころか10月にノーベル経済学賞を受賞したバナジーMIT教授は「インド国民の大半は2014年度よりも貧しくなっている」と批判している。

 インド政府は2兆9千億ドルの名目GDPを誇り2024年には5兆ドルになるとの目標をおろしていない。政府関係者はバリウッド映画の入場者が増えているのをインド経済の健全な証拠と強弁している。与党BJPも景気回復の兆候が見られると主張している。

 しかし、民間エコノミストの間では、拡張しすぎた公共ファイナンス、脆弱な金融システム、シャドーバンクの経営危機などの重大な弱点が多く存在することに警鐘を鳴らしている。モディー政権は金融面の問題解決には無頓着である。上記のような不良資産問題の深刻さや、シャドーバンキングと住宅ファイナンス会社の脆弱性を正確に認識していないようだ。

 インド経済の潜在力に異論をはさむものは少ない。グジャラト州知事としての経済改革の成果を旗印に中央でのトップに上り詰めたモディー首相は経済面ではインド製造業の強化をうたった「メイク・イン・インディア」など、産業政策やインフラ開発では実績を残している。

 しかし、ノンバンクなどシャドーバンキングの経営悪化や金融機関の不良資産問題、剰余金の国庫納付強要などにうかがわれる中央銀行の独立性に対する理解不足など金融面への配慮に欠けており、これが成長の足かせともなっている。

俵 一郎 (国際金融専門家)

最終更新:11/13(水) 12:34
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