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実はとってもフレンドリー? 神田川のほとりにあるイカつい「要塞」の正体とは

11/13(水) 17:31配信

アーバン ライフ メトロ

スターリン様式を思わせる要塞のような造り

 地下鉄の中野坂上駅、中野新橋駅、および西新宿五丁目駅のいずれからも徒歩で約10分。神田川のほとりに要塞と見紛う不思議な建物があります。

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 実はこの建物は2008(平成20)年建立の「八津御嶽神社(やつみたけじんじゃ)」(中野区本町)。ともすると新興宗教の施設にも見えかねない、この突飛な建物は、いったいどういう神社なのでしょうか。

 東京区部のほぼ真ん中を東西に貫流する神田川。そのほとりに突然現れる、垂直にそそり立つコンクリートの壁。台形状の建屋は遠近法の効果で実際よりも高く見え、まるで対岸の敵に向かってそびえ立つ要塞の様です。

 壁面に施行された何本もの長方形の窪みや、それに合わせて造られた銃眼の様な窓、そして、てっぺんに並ぶ鋼鉄の柱。その異様さは、かつてソ連の時代にヨシフ・スターリンを讃えて建造されたスターリン様式をも彷彿とさせます。

 裏へ回ると、壁の様な正面とはうってかわって、複雑で幾何学的な構造物がゴツゴツと張り出し、要塞感はいっそう増幅します。セパ穴が付いたコンクリート打ちっぱなしの外観は、ともすれば80年代の建造物の様にも見えますが、そのわりにコンクリートは比較的新しい印象です。

 そして建物に近づくと正面中央や側面の端に鳥居があり、初めて神社だということがわかります。しかし、神社というには境内がなく、正面中央の鳥居の奥は仄暗くて、気軽に入れる雰囲気ではありません。

 果たしてこの神社は入っていいものなのか。おそるおそる鳥居をくぐると、二階の神殿へ誘う案内板があるので、どうやら参拝は可能なようです。靴を脱いでいざ二階へあがると、ちょうど代表の山本行徳(ゆきのり)さんがいらっしゃったので、さっそく神社の由縁や建物のお話をうかがいました。

八津御嶽神社の歴史を振り返る

 八津御嶽神社の歴史は古く、鎌倉時代初期の1185(文治元)年に、地頭職の八津時種が、日本神話に登場する最初の神「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」を小さな神社に祀ったことがはじまりといいます。

 やがて東京の新宿に遷座。東京医大とヒルトンの間にあったお社は、東京医大の移転にともなって、1958(昭和33)年に現在の地へ再び遷座することになります。当初の社殿は、普通の神社と同じ木造でした。

 その後、なんと久保田鉄鋼(現クボタ)製造の鉄柱が並ぶ社殿に改装。ずいぶんと変わった社殿だと思いますが、この頃から現在のお社の片鱗が現れていたのでしょう。

 2000年前後に神田川の拡幅整備が始まり、鉄柱の約半分が完全にかぶってしまったため、再び再建の必要に迫られて、現在の社殿を建立することになったようです。

 もちろん建て替えの補助金は東京都から出るものの、どうせ建て替えるなら納得のいくものを、と思い立ち、自己資金をふんだんに追加した赤字覚悟での建て替えだったといいます。

 当初は、施工の鹿島建設に設計も依頼。しかし出来上がってきた構想が“全然面白くない”ものだったため、急遽建築家に設計を依頼することに。

 山本代表が目を付けたのが、主に教会建築や都市計画を手掛ける長島宏一氏でした。氏が過去に手がけたコンクリート造の教会や寺院を見た山本代表は、アポなしで事務所を訪れ設計を依頼。長島氏にとっても神社建築は初めてのことなので、打ち合わせはゆうに半年以上かかったようです。

 そして2009(平成21)年に完成したのが、現在の要塞を彷彿とさせる、凝りに凝ったお社でした。

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最終更新:11/13(水) 19:40
アーバン ライフ メトロ

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