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実際に起きた「東京駅 超特急つばめ号殺人事件」現役首相が被害者 現場はいわくつき?

11/14(木) 6:03配信

乗りものニュース

東京駅で時の首相の暗殺事件が発生 超特急「燕」に乗ろうと…

「東京駅 超特急つばめ号殺人事件」。トラベルミステリー小説のタイトルのようですが、いまから89年前の1930(昭和5)年11月14日、実際に起きた事件です。

【写真】見逃し注意! 首相暗殺現場を示す床のマーク

 銃撃されたのは浜口雄幸首相。場所は東京駅第4ホーム、神戸行き超特急「燕(つばめ)」に乗車しようと歩いていたのを、急進的右翼の青年に狙われました。浜口首相の軍縮政策が天皇の統帥権干犯にあたると主張し、強く反発したためです。

 腹部を撃たれた浜口首相は、応急手当と手術の甲斐あって一時は快方に向かいましたが、結局このときの傷が原因で、翌年8月に逝去します。

 この事件なら高校の歴史授業で習って知っている、という人も多いかもしれません。ですが、この銃撃地点の歴史を知ると、まったくの偶然とはいえ、何ともミステリアスな気分になってきます。

 東京駅の場所について歴史を追ってみましょう。江戸時代、東京駅の赤れんが駅舎がある付近は、南北に大名小路と呼ばれる道が延び、その両側には、有力な大名の上屋敷が並んでいました。江戸城下に数多くある武家屋敷のなかでも、これらの屋敷はいずれも特に広々としたものです。江戸城の近くに位置しているので、この状況は特に意外なものではありません。

 明治時代に入ると環境は一変します。このあたりには、司法関連の施設が並び立ちます。明治時代前期の地図(五千分一東京図測量原図)を見ると、北から順に法学校、監獄署、司法省、警視庁、大審院(最上級審の裁判所)、東京裁判所などの建物が並んでいます。現在の駅前(皇居側)は、東京鎮台騎兵営などでした。陸軍騎兵の兵舎などが並び、馬もたくさんいたことでしょう。

 そうした場所を一度更地のような状態にして、1914(大正3)年に東京駅が開業します。1930(昭和5)年には、浜口首相銃撃のひと月半前の10月1日、東京~神戸間に超特急「燕」が登場します。この列車は歴史的に数ある名列車のなかでも特筆される存在で、同区間の所要時間をそれまでより一気に2時間以上も短縮して、9時間で走破するものでした(東京~大阪間は8時間20分)。通称「超特急」の文字が冠せられたのもうなずけます。

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最終更新:11/14(木) 19:52
乗りものニュース

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