ここから本文です

共通テストの数学記述式に重大な問題

11/15(金) 11:32配信

47NEWS

 大学入試センター試験を引き継ぐ「共通テスト」の数学で、部分的に記述式の数学問題を導入すると知ったとき、率直に疑問に思った。

 記述式の試験は個々の大学が主体的に行うのがベストである。それに、そもそも50万人もの記述式答案を大学入試センターが採点できるのかと。

 一方で、記述式の導入によってその意義が理解され、広がるかもしれないとも考えた。だから、その意義を強く訴えてきた者として推移を見守ってきた。

 だが、ことここに至って、共通テストの数学記述式試験に関し、私は3つの重大な問題を指摘せざるを得ない。以下、順に述べたい。

 第1は、文部科学省が高校生に対して、記述式を導入する意義を論理的に説明すべきであると考えるが、そのような姿勢が全く見えて来ない点である。

 記述式の導入は、受験生や高校生の論理的な説明力を高めることが本質にあったはずである。それならば文科省は、その手本となるべく、記述式はどのような問題意識から導かれ、どのような成果が期待できるのか、丁寧に説明するべきであろう。

 ところが現状は単に「記述式テストを行います」と、結論だけを述べているようにしか見えない。大多数の高校生から理解を得られないのは当然だろう。

 共通テストの記述式の解答形式は、解に至るプロセスの中の「一つの数式だけを書く」とか「短い一文だけを書く」ことになるとも伝えられている。そのようなことで、論理力や説明力が高まるとは到底考えられない。

 たとえば、地図の内容を読み取って説明することは、論述力を高めるのに適当な教材であるが、地図上にある地名や建物の名称だけを書かせても意味はない。説明の全文を書かせてこそ効果があるのだ。説明を軽視する姿勢がここにも表れている。

 10年ほど前の大学生就職難の時代、私は大学で「就活の算数」というボランティア授業をした。単位にならないのに多くの学生が受講した。授業はマークシート式問題を解く方法(テクニック)の暗記ではなく、考える筋道の「理解」を徹底して大切にした。そうすると、就職試験の適性検査程度ならば、見違えるように解けるようになる。プロセスの理解こそが大切であると実感した。

1/3ページ

最終更新:11/17(日) 11:32
47NEWS

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事