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【巨人ドラ1 狙え令和のエース】堀田賢慎<下>高2秋季大会・光星戦で屈辱の17失点

11/16(土) 6:06配信

スポーツ報知

 今でこそ151キロの真っすぐが武器だが、高校入学当初は「真っすぐに自信は持っていなかった」と話す。技術本を読み、独学で身につけたカーブやスライダー、スプリットなど6球種を操る変化球主体の軟投派だった。しかし入学直後、兜森監督から「変化球はカーブとチェンジアップだけ」と制限をかけられた。まだ成長期が続きそうな堀田に、けがの防止を促すためにかけた言葉だったが、これが意識を根本から変えた。遅い変化球しか使えず、直球も遅いと緩急が使えなくなる―。その日から意識は自然と直球に向いた。

 そして、甲子園を目指す中、3つ目の転機となったのは高2の秋季大会だ。エースとして八戸学院光星戦に先発。4回に一挙13点を奪われるなど、計17失点とめった打ちにされた。「何をしても抑えられず、本当に苦しかった」。この屈辱的な敗戦で高2は春、夏、秋と3季連続で同校にコールド負け。「もっと変わらないといけない」と練習態度から改めた。「150キロ投げられる」「絶対甲子園に連れていく」と声を出し常に目標を自らに言い聞かせた。

 「何をしても太らなかった」とあきらめかけていた増量にも着手。2年冬には思い切って走り込みの強度を落とした。運動量を減らし、体力よりもまずは体重を増やすことに専念。食事も1日3食から6食に増やし、プロテインも1日に5回摂取した。するとわずか1年で16キロもの増量に成功。最速は151キロになった。そして高校最後の夏の大会。3回戦で再び最大のライバルと激突した。

 直前の春季大会で同校に完投勝利した1学年下の後輩に先発こそ譲ったが、4回からリリーフで登板。5イニングを1失点にまとめた。個人としては雪辱を果たしたがチームは敗れ、甲子園の夢は散った。それでも「スピードが注目されていた中で、それだけじゃなく変化球でも三振が取れたりした。自分のレベルが上がったなと感じました」と手応えを感じた。

 引退後は自らの引き出しを増やすため、野球のことを調べてはノートやスマホにメモをしてまとめた。ダルビッシュや大谷など、剛腕の動画を見て体の使い方を勉強。普段行う練習の一つ一つのメリット、デメリットを調べたり、トレーニング方法を勉強するなど知識を蓄えた。

 そして迎えたドラフト当日。「育成でかかればいいなくらいの気持ちだった」という中で、巨人から1位指名。「喜びより驚きの方が大きかった」。決して華々しい野球人生を歩んできたわけではない。挫折を繰り返し、数々の悔しさを乗り越えて成長を続けた堀田。「菅野さんを将来的には超していけるように。チームを背負っていける投手になる」。その目はすでに、1軍のマウンドへと向いている。(河原崎 功治)=おわり=

最終更新:11/16(土) 6:06
スポーツ報知

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