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知念里奈“器用貧乏”に悩んだ新人時代… 「腐らず」続け磨いた実力

11/16(土) 10:00配信

オリコン

【REACTION】vol.6 知念里奈

 1996年に歌手デビューし、翌97年に『日本レコード大賞』最優秀新人賞を受賞した歌手の知念里奈(38)。2003年に『ジキル&ハイド』で初舞台を踏むと、『ミス・サイゴン』、『レ・ミゼラブル』など、大作に続々と出演。いまやミュージカル界に欠かせない存在となっているが、20年以上重ねたキャリアの中では、常に挑戦の連続だったという。

【写真】プリキュア声優でも才能を発揮した知念里奈

■沖縄の少女がいきなり芸能界へ。プレッシャーも少なくなかった

 「小さい頃、映画のオーディションが沖縄であって、その新聞の記事を見た学校の先生に『君、オーディションに行ってみたら?』と勧められたのが、きっかけなんです。それまでは引っ込み思案で、音楽番組もあまり見たことがありませんでした。いつも後ろにいるタイプで、前に出て何かを表現することは得意ではなかったんですけど…」。はやりの音楽も知らない、クラスでも快活に振る舞うタイプでなかった。知念も「何で先生は私を推薦したのか? …何ででしょうね?」と笑う。

 右も左も分からない状態で臨んだ初オーディションは、残念ながら不合格。それでも「すごく楽しかったんです。両親は大反対だったけど、自分もやりたい!」と直談判する形で、沖縄のダンススクールに通い始めた。歌やダンス、演技のレッスンに励み、15歳の若さで歌手デビューを果たす。レコ大最優秀新人賞など華々しいスタートを切ったが、初めての芸能界、慣れない東京での生活、ジェットコースターのような目まぐるしい日々に「まだ15歳。何も分かってなかったし、一人が寂しくて公衆電話で親に電話を掛けたりしてました」と不安も多かった。

 “大型新人”の触れ込みでデビューしたことで、大きなプレッシャーもあった。「いろんな肩書が自分の中で大きすぎたのかもしれないですね。だから事務所もいろんなことに挑戦させて、違う角度を見せてくれた。途中から『自分は器用貧乏なのかな?』って思うこともあったんです。全部がそこそこできるけど『自分はこれだ!』という突出したものが、なかなか見つからなくて…。それが20歳前くらい。そういう自分にモヤモヤしてましたね」。

 それでも「好きなことを仕事にしたい」という強い気持ちだけは絶やさなかった。「自分で曲を作ったり、歌詞を考えてるわけでもないし、大人たちの『これがいいんじゃない?』というのにどうやって応えていこうと、毎日が全力でした」。歌やダンス以外にも、さまざまなジャンルの楽曲、未経験だったギター演奏にもチャレンジしたという。

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最終更新:11/22(金) 10:55
オリコン

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