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初代 マツダ・ロードスター 素晴らしき英国スポーツカーの継承者 前編

11/16(土) 7:50配信

AUTOCAR JAPAN

英国の伝統を再解釈したロードスター

text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
photo:Will Williams(ウィル・ウイリアムズ)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)
 
ラグビーのイングランド代表が、ワールドカップで決勝に進出するとは想像していなかった筆者。人気ロックバンドだったオアシスが、自滅的に解散するとも思っていなかった。それと同様に、1990年前半、マツダ・ロードスター(MX-5)が、価値あるクラッシック・モデルと評価されるとは考えていなかった。

【写真】マツダ・ロードスター (33枚)

それは当時、わたしには余りにモダンすぎた。過ぎたほどに良くできていて、トラブルフリー。そんなことができるのは、当時は日本車だけだった。欠点がない分、個性も薄いと思っていた。

問題を抱えてはいたが、英国のクラシック・スポーツカーを真似たようで、良く見えていなかったこともある。好青年のリアム・ギャラガーのように。そんな人物と一緒に騒いでも、楽しくない。

だが、わたしは間違っていたことは明らかだ。改めて見ると、初代ロードスターが本当は何を目指していたのかがはっきりわかる。伝統的な雰囲気ながら製造品質に優れた、楽しく再解釈されたスポーツカー。MGBの血筋違いの子孫として、現代の手頃なクラシックモデルとして愛されている。

現在までに30年以上生産が続けられ、4度のモデルチェンジを受けながら、100万台以上のロードスターが広島から世界へと旅立った。自動車史上、最も多く生産された2シーターのスポーツカーだ。

最もピュアな初期1.6LモデルのNA型

その中でも最も成功したのは、初代ロードスターのNA型。1989年のシカゴ・モーターショーでデビューし、たった1台で、英国の地で枯れかけていたコンパクト・オープンというスポーツカー・カテゴリーを復活させた。

ロードスターの誕生のきっかけとなったのは、アメリカ人モータージャーナリストのボブ・ホールと、マツダで当時研究開発部門を率いていた、元社長の山本健一との会話だった。それから10年後、日本とアメリカとのコラボレーションが生まれることになる。

ロータス・エランがマツダの三次(みよし)試験場へ持ち込まれ、徹底的に分解して研究された。そこに日本の技術力と綿密さと、カリフォルニアのライフスタイルが混ぜ合わされる。結果生まれたのが、1990年代に向けた、1960年代を彷彿とさせるオープン・スポーツカーだった。

初代ロードスターは8年間生産され、複数のバリエーションが誕生した。その中でも最もピュアなロードスターはごく初期の1.6Lエンジン・モデル。1994年に1.8LのNA2が登場するまで、1990年から英国にも導入されていた。

マツダは近年になって、自社のヘリテイジ・コレクションのために、初期ロードスターを入手している。今回試乗した、白色のボディに、ミニライトを想像させる花が咲いたような可愛らしいホイールを履いたクルマだ。

ベースグレードのロードスターは、巻き上げ式のサイドガラスでステレオが付かず、スチールホイールだったが、ヘリテイジ・コレクションが購入したクルマには一通り現代的な装備が付いている。シートはファブリックで、ロードトリップにピッタリの空間だ。

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最終更新:11/16(土) 7:58
AUTOCAR JAPAN

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