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松野弘さんの夢実現 「自助論」「わが師わが友」が両輪に

11/17(日) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

【私の人生を変えた一冊】

 松野弘さん(社会学者・環境学者)

 ◇  ◇  ◇

「早稲田の学生時代はね、大学院に進んで研究者になり、将来は大学の教員になる――。それが夢だった。ところが4年生のとき、実家のオヤジから“就職してくれ”と懇願されて、親を安心させるためにサラリーマンになった。電通での丸5年を皮切りに、パイオニア、日本総研と転職したけど、それは研究者になる夢をかなえるためのひとつのステップでした。ホント、電通の新人時代は、“電通で一番忙しくない部署”に配属希望を出して、5時半に終わったら研究のために近くの中央区立図書館に通うのが日課だったほど。いまの電通では考えられないよね。ハッハッハ」

 記憶の糸をたどると、サミュエル・スマイルズの「自助論」を手にしたのは、この「電通時代だったと思う」と振り返る。

「冒頭、“天は自ら助くる者を助く――”の一節で始まる名著です。人間は努力するための目標があってこそ成長するんだという考え方が根底にあり、物事を変えていくためには自らが変革すべしと説く。要するに、目標を実現するためのアプローチの仕方、戦略の立て方が書いてある。なるほど! と膝を打つような名言が多かった。たとえば――、“自分で自分を抑えることができない人は大したことはできない”“1000回の憧れよりたった一度の挑戦の方が価値がある”。また“外部からの援助は人を弱くする”、つまり自分で努力しなさいということ。“もしチャンスが来ないなら自分でチャンスを作り出せ”というのもあった。基本になっているのは自分で自分を助けようとする精神。読むたびに励まされ、元気づけられました」

いまの自助論は“3代目” 転職のたびに読み返した

「自助論」は1859年発行。日本には71年、「西国立志編」(訳・中村正直)のタイトルで翻訳され、発売。売り上げは明治時代の終わりまでに100万部を超えたというから、明治の大ベストセラーと言っても過言ではない。

「自助論は“才能ではなく勤勉という習慣を見つけろ”と言い、目標に向かって努力することの必要性を淡々と説きます。最終的には自助がなければ困難を乗り越えられないと。ボクはサラリーマン時代に何度も転職していますが、それはみな研究者になりたいという夢のため。夢に向かってアプローチするには、どんな行動をすべきかを教えてくれて、モチベーションを持つことができたのはこの本のおかげ。読むたびに心を揺さぶられたくだりをマーカーで塗り、何枚もの付箋を付けた。実は、きょう持ってきた文庫は“3代目”。他にも、後輩や部下が昇進したときや転職したとき、10人くらいに贈っていると思います」

 松野氏は、もう一冊、自らの人生に大いに影響を与えた本として多才な社会学者・加藤秀俊が書いた「わが師 わが友」(中央公論社)を挙げる。

「自助論を理論編とすれば、こちらは“実践編”の一冊です。夢を実現するためには自身で努力を続ける一方で、人と人とのネットワークづくりも重要。要するに、仲間や相談者づくり。いまでいうメンターです。それをいかに多く持つかで人生が変わってくる。この本には、さまざまな人脈を形成しながら自分の道を開いていくプロセスが書かれており、参考になります。コレを読んでボクは、日本総研勤務時代のある年の元日に、地域社会学者として高名な加藤さんに手紙を書いた。当時、加藤さんは放送大学の教授。手紙には“自分はこういう者でこんな研究をしています。手伝うことがあれば声をかけてください”と。すると、“大学に来い”とお誘いをいただいた。あれで放送大学の非常勤講師になってボクの夢が動きだした。その経験を買われて山梨学院大学に招聘され研究者生活が始まった。この2冊が両輪となって目標と仕事を成し遂げることができたわけです」

(取材・文=関根一郎/日刊ゲンダイ)

▽まつの・ひろし 1947年、岡山県生まれ。社会学者、環境学者。早稲田大学卒業後、電通、パイオニア、日本総合研究所などの勤務を経て、42歳で山梨学院大学助教授に。以降、日本大学、千葉大学大学院、千葉商科大学の各教授を歴任。近著に「コトラーのソーシャル・マーケティング」がある。

最終更新:11/17(日) 9:26
日刊ゲンダイDIGITAL

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