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安永蕗子「青湖」 短歌は啖呵だ 【あの名作その時代シリーズ】

11/18(月) 18:00配信 有料

西日本新聞

自然の永遠性に対する人間の一過性の、短時日の間の把握こそ歌の力だと思い知った。(「青湖」あとがきから)=熊本市江津湖

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は08年2月3日付のものです。

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  ゆらゆらに月壺ひとつを呼ぶべしや湖をあまりて湧く水の音
  うしろ姿見せて佇ちゐる鷺一羽流離長巻すゑの葦むら (「青湖」から)

 阿蘇、白川、江津湖-。安永蕗子のそばには絶えぬ水の流れと讃(たた)える景がある。身を委ね、相聞し、ありのままに景を詠む。

 安永は「日の常を詠む」という。日とは太陽であり、日の常とは、朝に太陽が東から昇り、夕べに西に落ちる宇宙の常だ。「人間はこの常がなければ生きてはいけない」と安永は考える。日の光を受けて命輝くもの、あるいは影を見つめる。悠久の時の中の一瞬を、生の実感として三十一音に留める。「五七五七七で詠むのは人間の摂理に即している。短歌の世界に新しいものを作るのは難しい。だが、歌の純粋化、抽象化を進めていくことで新しさに近づいていけるのではないか」

 安永は一九二〇年、父信一郎、母春子の長女として熊本市に生まれた。父は歌人の宗不旱や種田山頭火、徳永直と親交があり、師事した尾上紫舟主宰の短歌結社「水甕(みずがめ)」の同人だった。母も準同人である。両親は市内に書籍と文具を商う店を出し、生計を立てた。 本文:2,361文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:11/18(月) 18:00
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