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バイク事故で亡くなった青木篤志さんの世界ジュニア王座防衛期限が切れ無言の返上…金曜8時のプロレスコラム

11/22(金) 8:04配信

スポーツ報知

 今年6月3日にバイク事故のため41歳で亡くなった全日本プロレスの世界ジュニアヘビー級王者・青木篤志さんの王座防衛期限が20日に切れ、21日の全日本プロレス東京・後楽園ホール大会から、世界ジュニアヘビー級王座決定トーナメントが始まった。

【写真】青木篤志さん最後の世界ジュニア王座奪取の瞬間

 青木さんは、5月20日の後楽園ホール大会で岩本煌史(29)を破り、第51代世界ジュニアヘビー級王者に返り咲いたが、その2週間後の6月3日午後10時半ごろ、東京・北の丸公園の首都高トンネル内でバイクとともに倒れているのを発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。

 世界ジュニア王座の防衛期限は6か月で、5月20日から防衛戦を行わないまま6か月が経過したことで、自動的に王者の権利が失効。悲しすぎる無言の返上となった。青木さんは、王座を奪回した時に初防衛戦の相手として、盟友の佐藤光留(39)を指名し、6月18日の後楽園ホール大会で王座を賭けてタイトルマッチを行うことをリング上で宣言していたが、青木さんがベルトを腰に巻いてリングに上がることはなかった。

 本来ならば6月18日の後楽園ホール大会で空位となった王座決定戦が行われる流れだった。過去の死亡返上としては、UNヘビー級王者だったデビッド・フォン・エリックさん(米国)の例がある。

 デビッドさんは、1984年年2月23日の全日本プロレス東京・蔵前国技館大会で、天龍源一郎を相手に防衛戦を行うはずだったが、来日翌日の2月10日に宿泊先のホテルで急死した。25歳という若さだった。全日本プロレスでは、訃報を受けて、2月23日の蔵前大会で天龍とリッキー・スティムボートによる王座決定戦を行い、天龍が新UNヘビー級王者として認定された。

 だが、今回は死亡即返上とはならなかった。青木さんの初防衛戦の相手となるはずだった佐藤が6月18日の後楽園大会でこう宣言したのだ。

 「ベルトを持ったまま遠くへ行っちゃった。青木さん、そのベルトを誰にも渡さないでください」

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最終更新:11/22(金) 8:04
スポーツ報知

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