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弟と母まで修士の同級生に…「三十路大学院生」の今 浪人・留年重ね 「まだ親の援助もあるし、来年こそ」

2019/12/2(月) 7:00配信

withnews

30歳になったばかりで修士2年の大学院生の男性がいます。気づけば2歳下の弟も同じ修士2年。「勉強がしたくなった」と60歳を過ぎて大学院に進んだ母親も修士2年。親兄弟3人とも「同級生」です。専門は「日本で研究している人がほぼいない」というニッチな分野。浪人と留年を計6年経験し、ずっと学生を続けています。いつも一緒につるんでいるのは10歳下の学部生たちです。将来に悲観しつつも、明るい未来を信じているという男性の「キャンパスライフ」を聞きました。(影山遼)

【画像特集】人生大丈夫?男性の長い長い年表はこちら。バイトもほぼせず…修士一家の未来はどうなる?

進学校から2浪

大学院に通う男性(30)は、今年で3回目の修士2年。同じ学年を繰り返すことには、もう慣れているそう。男性は明るいと言いつつも、さすがに顔出しまではできないということで、写真は後ろ姿のみとなっています。

男性は平成元年(1989年)、中国地方の県庁所在地で生まれ、そこで育ちました。高校はストレートで県内有数の進学校に入学。将来は法律関係の仕事がしたいと、現役の時は一橋大学の法学部を受験しましたが、不合格。そのまま2008年に高校を卒業しました。

春から県内の予備校に通いましたが、全然勉強をしなかったため、次も一橋大の試験は越えられず。「予備校行っても遊ぶ人は遊ぶんや」との考えに至ります。「気持ちを入れ替えて次こそは頑張る」という一言だけで両親を説得し、浪人を継続させてもらいました。

遊ぶ日々からドイツへ

翌年からは予備校をやめ、自宅で浪人する「宅浪」に切り替えました。そして、2浪目の受験で、「ワンランク落とした」という大学に合格しました。父親の仕事の影響から、受けたのは一貫して法学部。2浪はそこまで珍しくもなく、2010年の春、入学した大学でできた友達と遊ぶ日々を始めました。

テスト一発勝負で出席の点数は加味されないため、授業はたまに出る程度で、後はテスト直前に友達とファミレスで一気に覚えていました。ですが、ギリギリだったため、夜通し勉強し、朝少しだけ仮眠をとろうと家に帰って寝たところ、起きたらテストは終わっていたということもあったそうです。

単位を計画的にとることができなくても、この法学部には留年制度がなく、進級は毎年できていました。順調に進級し、3年秋からはドイツに交換留学をしました。日本では法学部に属していたため、ドイツでもドイツ法学を学ぶことになります。

ただ、当時の会話能力はドイツ語検定3級のみ。普通のドイツ後の授業は難しすぎたため、英語で実施している授業を中心にとったそうです。1年間の留学中、様々な科目に挑戦し、生涯をかけることを誓う科目に出会うことになりましたが、その時、彼の人生を左右する決断になるとは思いも寄りませんでした。

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最終更新:2019/12/2(月) 13:04
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