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『ポンヌフの恋人』フランス映画史上最大のセットと大ヒットが、レオス・カラックス監督にもたらしたものとは

2019/11/27(水) 17:29配信

CINEMORE

ミニシアターブームを牽引

 シネコンが登場する前の1980年台後半。「映画館が監督を育てる」ことを標榜したミニシアターが都内を中心に数多く生まれ、評価と数字を地道に積み重ねていった。作家の多様性を尊重しようと様々な試行錯誤が実を結び、遂に一本の映画が記録的な大ヒットを実現する。渋谷のシネマライズで、27週上映を達成したフランス映画『ポンヌフの恋人』(91)である。

 監督の名前はレオス・カラックス。『ボーイミーツガール』(84)で監督デビュー。当時23歳の監督が、パリの街と若者の姿を幻想的にモノクロームでおさめたフィルムは批評家たちに絶賛され、続く『汚れた血』(86)は一転、原色と闇を大胆に使い、エイズに侵された近未来のパリを人工的な世界観で描き、人気も評価も確立した。

 その後に発表された本作は、高まる期待に応え、本国フランスでは2週間で14万人も動員する大ヒットを記録。その余波に加え、カラックスの名を数年かけて浸透させてきた配給会社の努力もあり、日本でも特大ヒットにつながった。

 本国でのヒットは、内容のユニークさあっての上だが、他にもいくつかの理由があった。一つは、カラックスの優れた作家性によって次作を待ち望んでいるファンが数多くいたこと。次は、監督の当時の恋人でもあり、『汚れた血』に引き続き主演するジュリエット・ビノシュが『存在の耐えられない軽さ』(88)で世界的俳優になっていたというニュース性。そしてもう一つが、度重なるトラブルによって制作に3年もかかり、何度も中断しては撮影するという難産が、全仏マスコミで話題になり、ゴシップのようになっていたからであった。

悪夢のようなプロジェクト

 「パリの真ん中にあるポンヌフ橋の上で、ホームレス同然の孤独な大道芸人と、失明寸前の女画学生が出会い恋に落ちる、コメディタッチの映画」を、監督は当初、スーパー8の白黒フィルムを使って、ドキュメンタリータッチ・短期間・低予算で作ろうとしていた。実際のポンヌフ橋での撮影許可が18日間おりたので、昼間のシーンを本物でロケ、夜のシーンを、橋のシルエットだけ簡単に作ったセットで撮影する計画だった。

 しかし主役のドニ・ラヴァンが私的な大工仕事中に親指の腱を切る怪我をし、撮影は中断・延期。本物のロケ地を使うことは叶わなくなってしまう。そこから歯車が狂い始め、撮影を続けるには郊外の村に巨大な橋のセットを建設することが必要になり、保険業者や銀行も入り乱れ、途方も無く大きなプロジェクトに膨れ上がっていく。どんどん増大していくセットの費用と、製作費を支払いきれず倒産するプロダクション。半年に及ぶ撮影中断時に嵐に襲われ、破壊される巨大セット。

 しかし、中断していても、撮影済みのフッテージを見るとあまりに魅力的な内容が人を惹きつけていく。プロデューサーも3人目となり、フランス映画史上最大のセットを完成させ、撮影も再開。3年をかけてついに映画も完成する。なお、無名の小さな村に建設された、パリの街とセーヌ川とポンヌフ橋を再現した超巨大なセットは放置された。美術要素は風化して跡形も無いが、映画のために整地した地形はそのままである。今でもgoogleマップで見ることができる。

 ちなみに、セーヌ川にかかる本物のポンヌフ橋は、パリの交通網を支える立派な大動脈である。今もこの瞬間も、車も歩行者もガンガン通る普通の橋である。そもそも映画の撮影許可が降りるっていうことがすごい。東京ではありえないなあ、とため息をつくしかない。

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最終更新:1/6(月) 15:26
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