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国の政策こそ大事(12月1日)

2019/12/1(日) 9:21配信

福島民報

 もうあと一カ月で二〇一九年は幕を下ろすというのに、また国会は会期も残りわずかなのに、「桜を見る会」の招待者の問題に明け暮れている。野党とすれば、ほじくればいくらでもおかしな問題が出てくるので、安倍晋三内閣を攻撃する格好の標的なのだろう。確かにジャーナリズムがいうように長期政権のおごりやゆるみもあるだろうし、一部の官僚たちのなれあいや忖度[そんたく]もあっただろうと思われる。

 しかし野党が調子に乗ってこれを追及して安倍内閣の致命傷になりそうになれば、首相は当然選挙という伝家の宝刀を抜くだろう。

 それにつけても私が思うのは、日本の政治家たちは「桜を見る会」のような不正の問題には大きな関心を示すが、より大事な国の政策には何故[なぜ]か不勉強、あるいは無関心に近い人が多いように見えるということである。これは実は政治家だけでなくジャーナリズムも含めて日本人全体の傾向かもしれない。歴史的にひじょうに長い間「お上[かみ]」のいうことには黙って従うのが上手な処世術と教えられてきた日本人の身についているいわばDNAなのかもしれない。政策は「お上[かみ]」がきめるものだから、自分たちが関心を持ち意見をいう必要はないと多くの日本人が何となく思っており、それが政治家たちの考え、思想とはいえない程度の考えに反映しているのではないだろうか。

 いま重要な問題の一つは日韓問題だが、GSOMIA[ジーソミア](軍事情報包括保護協定)を韓国では長時間の議論の末、継続を決めたと報じられている。しかし日本は韓国が要求している対韓輸出規制をはずす問題については、問題が違うとこれまでと同じく一言のもとにはねつけている。

 この日本政府の態度については野党の政治家たちは、何の発言もない。直接の先輩である村山富市元首相の「談話」の精神を忘れてしまったのだろうか。

 この問題の根には徴用工の問題がある。徴用制度について「広辞苑」は「国家権力により国民を強制的に動員し、一定の業務に従事させること」と述べているが、最初の昭和十三年制定の国家総動員法では、職業・年齢・性別を問わないとされ、これはその後変わっていない。しかも徴用工の問題が起こったときは、朝鮮は植民地であった。もし私たちがそのように有無を云[い]わせず徴用され、悪い条件の工場や炭鉱で働かせられたら、どんな思いをするか、私たち日本人は具体的に想像してみる必要があると思う。その上で日本政府は条約違反をいい続けるだけでなく、何かの救済法がないか協議すべきではないだろうか。

 自然災害が多い年であったが、年号が変わっても、来年オリンピックやパラリンピックがあっても、それによって日本の文化がゆたかになるとは期待できない。スポーツは盛んになったが、文化イコール、スポーツではない。私は来年からの国の文化政策をしっかり見て、いい方向に向けなければと思う。(小島美子 国立歴史民俗博物館名誉教授、福島市出身)

最終更新:2019/12/1(日) 9:21
福島民報

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