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TikTokで 730万回再生!85歳のティックトッカーに会ってみた 16万人のファンがいる「おばーと孫」人気に迫る

2019/12/1(日) 15:11配信

琉球新報

“国頭のマスコットキャラ”

 国頭村奥間生まれ、奥間育ちの吉子さん。とにかく村の行事には今でも引っ張りだこだ。運動会では大きな声で運動会の歌を歌うようリクエストがくる。「待ーちに待ちたる運動会~♪」記者の前でも歌ってくれた。民謡クラブに小学校での方言教室…修学旅行民泊の受け入れは7年間続け、243人の生徒を受け入れてきた。

 中でも「防火クラブ」はすごい。40年前、隣の家で火事が起きた際、ホースのつぎ方が分からず、延焼してしまった。「おじいにこんなのも分からんのかと言われて…」このことをきっかけに吉子さんは婦人会で「防火クラブ」を立ち上げた。防火の知識を学び、各家庭に周知する活動を40年続け、消防から表彰も受けた。今でも出初め式ではあいさつをしている。

「この世に鍛えられた」

 そのエネルギーは一体どこからくるのか。記者の問いに「昔は恥じかさー(恥ずかしがり屋)で泣きみー(泣き虫)だったよ」と吉子さん。そして「この世に鍛えられたからね」との名言とともに振り返る。

 1番辛かった経験を聞くと真っ先に上げたのが「沖縄戦」。まだ10歳だった。母と姉、いとこらと共に山に避難し、空襲を逃れた。「辺戸岬から大宜味まで船がいっぱいだったよ」。食べ物がなかったが、避難してきた人たちはもっとひもじそうだったという。「あのときのことが忘れられないね」とつぶやく。戦後は奥間にあった米軍の放送局で電話交換の仕事をした。英語を使う仕事は楽しかったが「(職場にあった)クーラーが苦手で」仕事を辞めた。那覇から屋慶名までの路線バスのバスガイドをしたこともある。23歳で孝全さんと結婚し、鮮魚店を始めた。店ではアイスキャンディーも販売した。「自転車に乗ってこの鐘を鳴らして売っていたよ」。

 孝全さんが那覇で習い、手作りで出していたというアイスキャンディーだが、味は「覚えていないね!」ときっぱり。20年営んだ鮮魚店にはたくさんの客が訪れた。「お客さんが遠いところから来てくれてうれしかった」。

 最近までは「オクマプライベートビーチ&リゾート」の調理場で働いていた。「はいこれかちゅーゆと言って出したら外国の人は分からなかったね」と楽しそうに振り返る。常連の観光客からも人気だったが、家事が忙しくなり今はやめている。「また働きたい」とまだやる気は満々だ。

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最終更新:2019/12/2(月) 15:16
琉球新報

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