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清原氏は「偉大な存在」 野村氏が明かす先輩との逸話「いいピッチャーになるど、と」

2019/12/1(日) 13:56配信

Full-Count

八王子でNPBレジェンドやPL学園OBが野球教室

 野球教室「レジェンド ベースボール フェス」が1日にダイワハウススタジアム八王子で行われ、清原和博氏と野村弘樹氏がトークショーを行った。PL学園の先輩、後輩である2人、PL学園時代の思い出話を振られると、野村氏は目を輝かせてその存在の大きさを語った。

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「偉大な存在です。あれだけ甲子園でホームラン打って、活躍して」と声を弾ませた野村氏。5季連続での甲子園出場で4番として活躍し、甲子園通算13本塁打、高校通算64本塁打の記録を持つ清原氏に憧れの思いを寄せていたようだ。

 野村氏は野球を始めたきっかけが広島の名門、広陵高のOBである父の影響だというが高校はPL学園に。「広陵高に入るのも考えたが、清原さんが当時活躍していたPL学園のユニホームも憧れた。中学時代には父にねだってスコアブック買ってもらってね、PL学園の試合(のスコア)をつけてました」と清原氏の影響をかなり受けたと語る。

 そんな“憧れの人”との思い出はブルペンでの出来事だといい、「ある日ブルペンで投げていたらトコトコと清原さんがやってきて打席に立ってくれた。終わってからこちらは口も聞けなかったが、清原さんは『お前、いいピッチャーになるど』とぼそって言ってくれた」と語る。清原氏も「立浪と野村はすごかった。打席で見てみたくて」と当時を振り返った。

 そんな絶対的存在だった清原氏、PL学園3年時には打球を飛ばしすぎることで“清原ネット”ができたことも有名だが「自分の中ではより遠く飛ばすのが追い求めているものだった。バックスクリーンの上のスコアボードを壊してみたいと思っていた」と当時のやんちゃっぷりを振り返る。

 しかし野村氏も羨望のまなざしを送った甲子園での記録には、「桑田(真澄氏)という素晴らしい投手がいて、他にもいい選手がいたので。それで決勝戦まで行かなかったらあんなには打てなかった」と謙遜。輝かしい時代のPL学園の思い出話に、スタンドからも歓声が沸いていた。

Full-Count編集部

最終更新:2019/12/1(日) 14:11
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